一夜限りの夢｜リアクション

一夜限りの夢

●水の流れ

「今日もしんどいといえば……しんどい、か」
　
　星山真遠は仕事を終えてふと呟く。司法書士として働く真遠は今日も忙しい1日を過ごした。実家が司法書士事務所を営んでおり、一応そこの跡取りということになっている。

「副業の方もそろそろネタを仕込まないと……しかし、全然ネタが思い浮かばん」

　さてどうしよう、とため息をつく。真遠は本業である司法書士とは別に、PBWのゲームマスターという顔を持っていた。マスターとしてはハードな政治軍事系シナリオから、日常系のほのぼのシナリオまで幅広く手がけている。とはいえ、ネタが浮かばないことにはシナリオを書くことができない。
　しかし考えてもしょうがない、とばかりに一杯やりにBAR【Holländer】へ向かう。そこは真遠にとって静かに飲むにはもってこいの場所だった。
　慣れた道を通って店の前までやってくると、いつものようにドアを開けた。すると不思議な感触を覚えた。

（……なんか水中にいるような感覚。……俺、まだ一滴も飲んでいないような……。ていうか、俺ちっとも泳げないんだが！）

　水中の感覚に一瞬パニックに陥りそうになる真遠。しかし、普通に呼吸が出来ることや問題なく歩けることが分かると落ち着きを徐々に取り戻す。慣れてくるとそれなりに心地よく感じてくる。

（泳げる人間はこういう感覚を楽しめるのか……）

　そんなことを思いつつ、今日は普段と違ったものを注文しようと思った。いつもなら音楽に耳を傾けながら水割りをゆっくりと飲むところだが、今回は海を思わせるような青色のカクテルを注文する。藤堂静がそのオーダーを受けてカクテルを作り始める。
　テキーラ、ドランブイ、ブルーキュラソーをシェーカーに入れてシェイク。クラッシュド・アイスを入れたタンブラーにそれを注ぎ、さらにソーダを加えて軽く混ぜる。『コルコバード』の完成だ。
　出されたカクテルはまさに海の青を表現したかのような代物だった。口に運ぶと、さっぱりと爽やかな、口当たりのいい飲み心地。

（これはこれでなかなかいい感じ）

　普段よりもなんだか日々の疲れ……というよりも、諸々のしがらみのような澱んだ何かが、さらりさらりとほどけるような感覚を楽しむ。

（これが神魂ってやつなのかね。……なんかシナリオのネタになりそうだよな……って、こんなことを考えるのは無粋だな）

　真遠は緩やかな時の流れを水の流れに重ねて、身を委ねるように楽しんだ。

このページにイラストを設定する