並走せよ！　暁の神速ランナー｜リアクション

並走せよ！　暁の神速ランナー

「ああ……ここは……」
　小島は呆然と寝子島街道の西端にほど近い、星ヶ丘地区に立っていた。連れてこられたポロシャツとスラックスのまま。若いころには使っていなかった眼鏡をかけている。青春時代を思い出し立ち尽くす小島の後ろには、彼を再び寝子島に招く力となった者たち、添木千唐、神無月文貴、八神修、桜庭円が立っていた。早朝だというのに、街道はにぎやかだ。神速ランナーと共に走る者たちが多く詰め掛けていたからである。
「みんな石田さんを助けてやりたいんだよ。多少目的の違う奴もいるがな」

　その時、一同の前にふっと人影が現れた。少し時代遅れのランニングシャツにジョギングパンツ。引き締まった細い体、短く刈り込んだ黒髪。もやのようにかすんで体の輪郭ははっきりとしない。ここにいる者なら誰もがよく知る、神速ランナーの姿だった。ただ一人、小島だけは、初めて、いや、二十四年ぶりに目にする親友の姿を見て、わなわなと震えだす。
「石田……。お前！」
神速ランナーは振り向かない。そのまま猛スピードで街道を進みはじめた。弾かれるように、小島も駆け出す。
「石田！　俺だよ、待ってくれ！　石田……あっ！」
サンダルが脱げ、どうと小島は横に倒れる。頬をひどくすりむいて、血が流れ出した。文貴はつかつかと歩み寄り、小島の両脇を抱えて乱暴に立たせる。片方の腕は円が支えた。
「あんた、何言ってんだ。待ってもらってどうするんだよ」
「あ……」
「あんたのダチはな、『もう一度一緒に並んで走りたかった』って言ってんだよ！　今もそれだけを願って走り続けてる。待ってもらって楽しいか？　てめえを思うダチから、走ることからずっと逃げて、楽しいか!?」
円は小島の前に出て、文貴に続いた。
「小島さん、お願い。石田さんの幽霊があんなに早いの、誰にもペースを合わせないの、どうしてだと思う？　待ってるんだよ。たった一人の誰か、あなたを待ってる。たぶんだけど、あなたが悔やんでることをわかってて、そのために待ってるんだよ。前に進めって。一緒に進もうって。だって、親友だもの！」
小島の顔にじわりと悔しそうな表情が浮かんだ。
「ここで待っていればいい。走る人間の数だけ幽霊は現れるんだ。そのどれもが、石田さん自身なんだと思う」
修がそう説明している間にも、ふっと新たな神速ランナーが現れた。ひょっとして、終点まで駆け抜けた者が戻ってきただけかもしれないが。
「走ってください。石田さんに、追いつくんですよ」
千唐は、小島の両肩を押して送り出す。
小島は意を決したように、片足に残ったサンダルを投げ捨てた。
（いくつになっても、遅くないよ。やり直せるよ。がんばって……！）
靴下のまま、不恰好に駆け出す小島の姿を見守り、円は心の中で強く激励した。

　小島は走った。もう青年ではない。かつての力はもうなかった。雨に打たれて肩が、すねが、重たく濡れていく。それでも走った。走らずにはいられなかった。何人もの『石田』が、彼の横を目にも留まらぬスピードで駆け抜けていく。どれが本物なのだろう？　あの少年少女たちはどれも本物なのだといった。
　前を走る『石田』に横から飛び出した少女が並んだ。後木真央である。
「道交法違反はこの際目をつぶってもらうのだ！　真央ちゃんはセンパイと一緒に走るのだ！」
学校ジャージにローラースケートといういでたち。およそ三倍の速度で走る幽霊と並ぶため、途中から合流し、傾斜を利用して速度をアップ、短距離で勝負をかけようと言うのだった。
（石田センパイ！　一緒に走って、一緒にダウンしましょうなのだ！　無念を晴らせるなら、真央ちゃんは多少不幸になったって、構わないのだ！）
懸命に追いつこうとする少女の背に、小島は自分がなくしたものを見る。

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