並走せよ！　暁の神速ランナー｜リアクション

並走せよ！　暁の神速ランナー

「それにしても……」
今日はなんだか、追い上げてくるランナーの速度が妙に速い気がした。さっき追い抜かれたと思ったのに、もう背後から次が来ている。不思議に思いながら走る森蓮は、すぐにその理由を知ることとなった。
「ああ、なるほど。今日はもう一人いらしたのですね」
目の前を走る、引き締まった長い足、すらりとした長身、見事なストライドにあわせてふわふわと踊るピンク色の髪。かなりのスピードで長距離を走っているはずなのに、大声で独り言をいう余裕すらあるようだ。蓮の前を行く少女、シダ美穂戸は、迫り来る、仮に名づけるならば第一の神速ランナーの気配に振り向き、宣戦布告した。
「出たな　299おばけ　シダと勝負だ」
シダは背後の『ひと』、蓮に気づいて少しぎくりとし『ベトナムユニコーン』への変身をあきらめる。
「ヴァン　このまま競争だ」
一瞬立ち止まり、スタートの構えを取る。
「モッハイバーボン　よーい　どん！」
カウントの後に瞬発、短時間でぐんぐんと速度を上げる。陸上界関係者がいたら、絶対にスカウトしたくなるような見事な走りだ。だが、人間の速さを超えた幽霊ランナーは、飛ぶように走るシダと一瞬で並ぶ。
「チョーイ　オーイ　早いな　早い」
シダは走る。早朝のしとしとと降りしきる雨が、シダの長い髪と服を重く濡らしていった。
「雨だ　服ひっつく、動きにくい」
そうこぼしたときには、ランナーはシダのはるか前を走っていた。
「負ける　負け……」
シダと蓮、二人のランナーが街道にいるせいで、鏡像のように同じ姿をした神速ランナーが現れる。これを第二の神速ランナーとでも呼ぼうか。どんな未練があるのかはわからないが、いつも幽霊は、朝方の299号線を走る、生者のランナーと同じ人数だけ現れるのだ。第二の神速ランナーは靴音高く容赦なく、蓮を追い抜き、前のシダをも追い抜いて、本土方向へと消えていった。やはり「もう一度、並んで走りたかった……」との言葉を残したまま。長い寝子島街道を、神速ランナーはものの五分程度で走りきってしまう。

「チョオイラチョイ！　失敗した　シダ」
シダは非常に憤慨している。長い髪を振り乱して、怒りをぶつけるところを探すようにきっと蓮を見た。
「コン　はらたつ　おばけ　足ないはず　なんで走れる」
ずるいと悔しがるシダに、蓮は困ったような顔を向けて、会釈した。同じ寝子高の一年生同士、なんとなく顔は見覚えがある。シダは蓮にうなずいて、おそらく同じ志を持って街道を走り、この朝は揃って敗者となった仲間として声をかけた。
「コンサオ　大丈夫　次　勝てばいい」
「そうですね。私は勝つのが目的ではありませんが、また明日もあります」
蓮の言葉にひらひらと手を振って答え、シダはすたすたと歩き出した。
「シダ　おなかすいた　明日だ　明日」
「はい。私もまた明日来ましょう」
今日はご飯食べて、お風呂入って、寝よう。これから一日が始まるというのに、シダはそう言って街道を後にした。その後姿を見送って、蓮も寮へ戻る道を歩く。やはり気のせいとは言いがたいレベルで、体が重い。
「こんなものが不幸と言うなら、安いものです」
日が昇り、朝の光で街道が照らされ始める。おそらく今日はもう消えてしまったであろう幽霊に届かない言葉を投げかけて、蓮は歩き出した。

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