寝子高のとある（非）日常｜リアクション

寝子高のとある（非）日常

●授業中はお静かに？

　授業の退屈さに耐えかねて、ティオレ・ユリウェイスは教室を離れていた。
「全く、この学校の授業？　はわけがわからないね。抜け出すのは楽勝だったけど」
　ティオレにとっては、こっそりと教室から姿を消すのなんて朝飯前だ。
　授業から解放されたティオレは、今はただ気儘に、校舎内をうろついていた。
「しっかし、同じような部屋ばかりでダンジョンみたいだね……そのくせ、お宝の類は一切ないときた」
　何とも退屈なところだと、ティオレは何度目になるかわからない欠伸を噛み殺す。と、その時だ。
「お前、こんな所で何してる！？」
　背後から聞こえた大音声に、振り返る。そこに立っていたのは――、
「何だ？　熊の魔物か！？」
「何をわけのわからんことを言ってるんだ！　今は授業中だぞ！　しかも何だ、その格好は！」
　と、いうわけで吉田熊吉先生だったのだが、ティオレはそんなこと露知らず、である。
「２年生か。何組だ？　説教は後にしてやるから、とにかく、今からでも授業に……って、おい、お前！」
「ちっ、捕まって堪るかよ！」
　だっ！　と軽い身のこなしで逃げ出すティオレ。
　そして、当然、その後ろを追いかけてくる吉田先生。
「くそっ、熊男のくせに素早いね……って、行き止まり！？」
「捕まえたぞ、こんの、バカタコがっ！」
「っ、おい、離せ！」
　吉田先生の肩に担ぎ上げられてじたばたと暴れるティオレだが、逃げ出すことは叶わない。
　いかに腕のいい盗賊とはいえ、この追いかけっこでは、吉田先生に地の利があった。
「さあ、担当の先生に謝って、きちんと授業を受けるんだぞ！」
「いーやーだー！」
　ティオレの叫び声は、廊下に虚しく木霊したのだった。

　ティオレと吉田先生の声が遠ざかっていくのを耳に、志波高久はほう、と息を吐いた。
「……助かった。見つかったら、言い訳のしようがないからな……」
　高久は今、さくっと伸してしまった不良達のことを、どうにか処理しようとしているところだった。
（とりあえず、保健室だな。向こうが加減を知らないもんだから、思いっきりやってしまったし……）
　大騒ぎになる前に、何食わぬ顔で「怪我人が転がっていました」と報告した方がいい。
（授業に出ていない理由は……問い質される前に、隙を見て消えるとするか）
　そう思いながら辿り着いた保健室の扉をノックし、中へ入る。
　高久を迎え入れたのは、今日は保健室の先生である御巫時子だ。
「あらあら、どうしました……？」
　苺とキャラメルの匂いが、消毒液の香りと入り混じっている。
　その中で、高久は事前に考えてきた通りのことを喋ろうとして、
（――あ、拙い）
　その時初めて、自分の制服が返り血で汚れていることに気付いた。
　これでは、《謎の怪我人達》と高久の繋がりは明白だ。
　高久は腹を括って、胸の内だけで息を吐いた。
（仕方ない。折角の機会だったが、平穏な学生生活は諦めるか……）
　かつあげを止めたことにも、学内にまで侵入してきた輩を懲らしめたことにも悔いはない。
　ならば、この際、己が背負うべきところは全て背負ってしまおうと高久は考えたのだ。しかし。
「……３年９組の志波高久さん、ですよね？」
　時子は、確かめるようにそう零した。高久の名前を、確かに呼んだ。
「明智珠輝さんから聞きました。何か事情があるようなので上手く計らってほしい、とも」
　ですから後のことは任せてください、と時子が微笑む。
「生徒のことはちゃんと守ります。今日の私は、あの人と同じ、先生ですから」
　時子の声を耳に、高久は、ふっと口元を緩めた。
　あの級友に後できちんと礼を言わなくてはいけないな、と、胸の内に呟きながら。