ほっと、できる場所｜リアクション

ほっと、できる場所

　八神修は図書室が好きだ。
　読書が好きなのは勿論なのだが、あの少し埃っぽいような、独特の空気が好きなのだ。
　セピア色の空気。何百年もの時を超え、先人と対話できる不思議な空間。静謐で、ある種神聖な場所だと思う。
　そして修は２年生に進級し、この場所にちょっと別な意味が加わった。

　放課後。修は昼休みの間に読んでしまった本の返却を済ますと、また別の本を物色するべく書棚を巡った。
（さて、今日は何を読もうかな……）
　経済の専門書でもいいし、流通関係の雑誌でもいいし。もう宿題も終えてしまったので気楽なものだ。
　ぶらぶらと歩いていた修は結局何も手に取らず、荷物の置いてある閲覧机に戻った。やっぱり問題集でもやろう。その方がすぐ彼女に対応出来るし。
　静かに椅子を引き席に着く。そこに可愛らしい声がした。
「あ、修君お帰り～」
　七夜あおいがノートを捲りながらにっこりと笑った。

　大好きなあおいとクラスが離れてしまってから、修にとって図書室は以前にも増して貴重な場所となった。
　たまにあおいとここで時を過ごす。あおいは主に宿題を持ち込み修にみてもらうのだが。
　修は別にそれは厭わなかった。勉強は得意分野だし、自分の理解も深まるので逆にありがたいくらいだ。そもそも、あおいの頼みを修が断るはずもなかった。
　それに勉学一辺倒の味気ない時間ではない。２人で他愛もないお喋りだってする。勿論周囲に迷惑にならないよう声を落として。
　今日の話題は母の日のこと。複雑な生い立ちを抱える修は、それとなくあおいに母の日の贈り物を相談していた。

「あんまり母の日って経験なくてさ。恥ずかしい話、接し方も……分からないんだ」
　頬を掻きながら修が言う。あおいはうーんと腕を組んだ。
「母の日かぁ。そうだなぁ、本人が使える物とかいいよね。修君のお母さんの趣味の物とかは？」
「母の趣味？　お茶に生け花、旅行も好きだな。色々な会にも顔を出してるよ。和装が多いけどたまに洋服も着るし……静かだけど社交的なんだよ」
「へぇ～、結構活動的だね」
「でも、家事は全滅だ」
「そうなの？　全滅って、料理も？」
　あおいが意外そうな顔で訊いてくる。修が苦笑した。
「作れないと思う、マジで。なんにも食べた事ないよ」
「そっか～……料理すっごい楽しいんだけどな」
「あおいは料理大好きだもんな」
「うん！」
　元気よく言うあおいに、修は優しく微笑みかけた。
「趣味の物、ちょっと考えてみるよ。アドバイスありがとな、あおい」
「いえいえ。これくらいでお役に立てるなら」
「しかし、趣味が多すぎるんだよな、あの人は。うーん……」
　修は母の事を一生懸命考えてみる。けれども今まで余り深く接した事もない上、女性の物を選ぶという事もあり、修には考えれば考えるほどこの件が難題に思えてくる。

（……あおいと一緒に選べたらいいんだけどな）
　修はまたノートを前にうんうん唸りはじめているあおいをちらりと見た。あおいへのプレゼントを選ぶことは、修にとって難しくはあるけどやりがいのあることだ。好きな人を笑顔に出来る幸せ。修はそれを思いながらいつもあおいへの贈り物を考える。
（だから、君が傍に居てくれたら）
　―――君が居てくれるだけで、俺はその気持ちが湧き上がるんだ。

　夕陽が射し込み始めた図書室で過ごす放課後。
　修は図書室が好きだ。
　大好きな人と一緒なら尚更。それは喩えようもなく幸せで……心安らぐ時間。

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