ぬいぐる図書館の夜｜リアクション

ぬいぐる図書館の夜

「……おや、女性がいる」
　そのまま自然に輪が解散となった中、岡瀬靖久は建物の中央にあるカウンターの奥から、姿を現した一人の女性に目を留めた。

　暖かな光に照らされた白のブラウスと、パステルカラーのロングスカート。
　慎ましやかという言葉を体現したような姿の女性が、恐らく児童書であろう一抱えある大量の本を持って、床にマットの敷かれている児童コーナーへ運ぼうとしている。

「よかったら、お手伝いします」
　靖久が声を掛けると、女性はほっと安心したように頷いた。
　同時に、足元の方から靖久へと声が届く。
「あ、おじちゃん、ありがとー！」
「奥のお部屋には、まだたくさん絵本があるんだっ。オネーサンが今日のために出してくれてるんだよ！　ぼくたちもっと見たいから手伝ってっ」
　側にいた丸い毛むくじゃらとイヌのぬいぐるみが集まってきて、感謝と共にじっと靖久へ羨望の眼差しを向ける。しかし、その立ち位置はオネーサンの足元にぴったりとしていて離れない。
「(……ぬいぐるみに好かれてるんだなぁ)」
　靖久の目から見て、それだけ好かれていれば、この女性は悪い人物ではないのだろうと思える。
「よーし、それでは頑張っちゃいましょうか！」
　気勢良く告げた言葉に、ぬいぐるみ達は歓声を上げ、オネーサンはそれらを受けて申し訳なさそうに何度も靖久に頭を下げた。

　そうして、手伝いを追えて、靖久が腕を大きく上へと伸ばした時。
「ん？　あのぬいぐるみは──」
　とことこと、後ろ姿を見せながら歩いて行くぬいぐるみ。見覚えのあったその姿を、靖久は慌てて追い掛けていった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

「夢か現かは不明だが」
　新田亮はぬいぐるみがわちゃわちゃと動き回る周囲を確認しながら、確信するように呟いた。
「神魂の影響だろうな。色々見て回るか」

　まずは目についた正面カウンターまで。そこには丁度靖久に本を運び終えてもらってお辞儀をするオネーサンの姿があった。
「こんばんは」
　亮が軽く声を掛けると、オネーサンは少し驚いた様子を見せてから柔らかく微笑んで会釈を返す。

「俺は新田亮という学生です。
　ここへ来るのは初めてなのですが、どんな場所か教えて頂けませんか？」
　その問いに、オネーサンはうっすらと唇を動かしてから、少しの間を置いて困ったように申し訳なさそうな顔をした。

　その様子に、亮は相手が喋れない事をすぐに察する。それならば、とすぐに問いかけの内容を切り替えた。
「すみませんでした。それなら、Yes/Noで答えられる内容で。
『ここは命の危険がありますか？』」
　──ろっこんや神魂が関わる世界においては、平和に見えて危険が無いとは言いきれない場所も多い。確認しておくに越した事はないだろう。

　その意図が伝わったのか、オネーサンは落ち着いた微笑みと共に首を横に振った。
「『図書館からすぐに出られますか？』」
　これにはオネーサンは、どう答えたものかをしばらく考えた様子でゆっくりと首を横に振ってから、やおらそっと指で、時計と遠くの窓を指し示した。
「なるほど……すぐには出られないが、時間で出られるという事か……？
　では、さっき歩いているぬいぐるみを見たのですが『ぬいぐるみは話せますか？』」

　これに、オネーサンの反応は早かった。
　穏やかな光を宿した目を細め、それ自体がとても嬉しそうなことであるように、こくりと頷いて亮の足元を指差した。
「え？」
　亮がその方へ目を向けると、

「よう！　親父！　親父じゃねえか！！」
　そこには、足元に早速喋りながら亮を『親父』と呼び、ぴょんぴょんと跳ねる一体のクマがいた──

このページにイラストを設定する