襲われよう、一般人｜リアクション

襲われよう、一般人

八神修は図書館からの帰り道、自転車を走らせていた。なんとなくホラー映画のエキストラ募集のポスターのことを考える。本棚に貼ってあったそれが目に入ったのだ。
「確か、ああいうのはグッズをもらえたりするんだったか」
　と、何気なく前方を見やると、女が立っていた。長い髪、白い服、そして、足元は裸足だった。
「……！」
　思わずブレーキをかけて、自転車を止める。
「なんだ、あれは」
　映画のタイトル、『ねご子』という言葉が頭の中に浮かぶ。
　修は息を飲み込んだ。
　不気味だが、引き返すわけにも行くまい。
　再び自転車を走らせて、女の横を通り過ぎる。
　しかし、
「何！？」
　あろうことか、女が追いかけて来ていた。
　修は慌てて、自転車を漕ぐスピードを上げる。
　引き離すわけでも、追いつかれるわけでもない。
「自転車と同じ速度なのか」
　商店街の方へひた走る。
商店街の道に入るが人の気配はなく、まるで廃墟のような有り様だった。
「どうなっているんだ」
　誰かの助けは期待できそうにないことだけはわかった。
「あいつに遭遇していることに、関係があるのか」
　調味料や食材が売っている小さなスーパーを見つけ、自転車を降りて店内へと逃げ込む。
「幽霊といえば、これだ」
　棚に置かれていた塩の袋を掴む。それから、財布を取り出し、棚のところへ代金を置く。
「悪いな、これはもらっていく」
　そうこうしているうち、女が棚の陰から出てきた。
「行けるか？」
　塩の袋を開け、掴んで、女の方へ投げる。しかし、女の体をすり抜けてしまった。効果はないらしい。次に塩の袋を縛って、投げるが、やはり効果はなかった。
「っ……！」
　修は駆け出した。通路に設置されているワゴンをバリケードのようにして、スーパーから飛び出た。
　自転車へ乗り込む。
「む……」
　女はワゴンをすり抜けることは出来ないようで、別の通路へ回り込んだようだった。
「相手からの物理的干渉はあり、か」
　自転車を発車させる。
　商店街を抜けた。神社も近い。もしも、あの女が悪霊だとしたら、神社の敷地内へ逃げ込めば、弱体化する可能性もある。
と、いきなり周囲が真っ暗になった。
「なっ」
驚いて、自転車を止める。
空を見上げると、星が出ていた。夕方だったはずなのに、一瞬にして夜に。
「これは……」
と、前方から女性が走って来るのが見えた。
「た、助けて、変な女が」
仕事帰りに謎の女に遭遇して逃げていた、真境名アリサだ。
「女？　まさか」
アリサが修に追いつく前に、視界が反転し、元の道に戻っていた。
「今のは……？」
考えている暇はなかった。再び自転車を走らせ始める。
「時空でも歪んだか？」
彼女も謎の女に追われているようだった。その共通点が出会わせたのかもしれない。
　前方に神社が見えてきた。そのまま鳥居をくぐる。自転車を乗り捨て、手水場へと走る。体を清めるための水なら効くかもしれない。
　杓子を手にし、鳥居をくぐってくる女を待ち構える。
　残念ながら神社効果はないらしい。
　修は女に向かって、杓子で水を放った。
「む？」
　女は立ち止まって苦しそうに顔を押さえている。
「水を嫌うのか」　
　そうとわかれば話は早い。
　杓子で水をすくい、何度も水を浴びせ続けた。やがて女の体は修の前から消えてしまったのだった。
「……はぁ……」
　どうやら助かったらしい。
　修は杓子をおいて、女が消えた場所へ。
「ん？」
　そこには長い髪が落ちていた。
「幻覚ではないようだな」
　修は顎に手を当てる。
「何故こんなことが？　あのポスター、冒頭のシーンの役者を探していたな」
　それはつまり、今の体験そのものだ。監督がリアルな演技を求めるあまり、神魂がねご子を出現させてしまったのかも知れない。
「応募、してみるか」
　今の体験で、ねご子に遭遇した時の心境がわかった。上手く演技できるかも知れない。
　修は一人、頷いた。