襲われよう、一般人｜リアクション

襲われよう、一般人

新田樹は自転車を止め、電柱に貼られたポスターへ目を止めた。
「これが噂の映画エキストラ募集のポスター？　ホラー映画か」
　新田樹は自転車にまたがったまま、少し考え込んで、
「中学生もでられるかな？　これがきっかけで名女優としての才能が開花！　……なんてね」
　ふと前方へ視線を向けると、女が立っていた。長い髪、白い服、そして足元は裸足だ。非常に不気味である。
　今しがた見ていたポスター、ホラー映画に登場する幽霊、ねご子のイメージ通りの姿である。
「……まぁ、いいや。帰ろう」
　自転車で走りだし、横を通りすぎた、その途端、女が駆け出した。
「あ、あれ？」
　自転車のミラーに映るのは追いかけて来る女の姿。
　樹は思わず笑みを浮かべた。
「面白いじゃない。相手にとって不足なし！」
　自転車を全力で漕ぎ始める。
　樹は片手運転に切り替えて、一方の手で隠していたガスガンを取り出す。
「先手必勝よ」
　前を向いたままガスガンを、後ろに構える。
　ミラーで確認し、引き金を引いた。
　パンッ、パンッパンッ。
　辺りに乾いた発砲音が響くが、
「すり抜けた？　全然効かないね。私が触れても大丈夫……かどうかの確証はないか」
　困ったなぁ、などと呟きながらも樹は楽しそうな笑い顔だった。
「なら、こっちへっ」
　樹はハンドルを切って、自転車で階段を下りていく。
「よっ、とっ、おっ」
　立ち漕ぎで、バランスを取りながら、見事に地面へと着地。
漕ぎ出して、細い道へと入る。曲がりくねった道を絶妙なハンドル操作で進んで行く。
「ついて来られるのかな？」
　わくわくしながら顔だけで振り返ると、ずっと遠くに女の姿が。
「凄いね。望むところだよ」
　と、少し広い路地裏に出た。そこに座り込んでいた女性に気づき、慌ててブレーキをかける。
　仕事帰りに謎の女に追われていた真境名アリサである。
「あれ？　どうしたんですか？」
　年上だと判断し、声をかける。
「お、女が、追いかけてきて。それから声が」
　彼女が指をさしたスマホから、甲高い笑い声が聞こえてきた。
「あはは、私と同じ状況みたいですね」
「なんで楽しそうなのよ」
「幽霊に襲われるなんてスリルあると思いませんか？」
樹は周囲に視線を走らせる。
「それじゃっ。お互い何か対策を考えましょう！」
自転車を再び漕ぎ始め、路地裏から脱出、そのまま近くの坂を下る。
「はははっ」
振り返ると、いつの間にか女が追いつきそうになっていた。素早い。
「よーし、ちょっと怒られそうだけど」
　近くにあった自販機の横、缶のごみ箱へ視線を走らせる。
　目を細め、集中。
　樹が目を見開いた瞬間、ごみ箱からジュースの缶が消えた。それも一瞬のこと、樹が発動させたろっこんに寄って、缶が次々と女の前へ現れる。
「避けられるかな？」
　女はもろともせず、缶はすり抜けて行く。
「次はどうしようかな？」
　と、ミラーで女の様子を見ていた樹は、首を傾げた。缶に残っていたらしい、お茶の水滴が女の肩に当たった瞬間、一瞬だけだが、スピードが落ちたような気がしたのだ。
「もしかして……ん、この先は橋だね」
樹は見えてきた橋へ自転車を走らせ、一気に駆け抜けようとペダルに力を入れる。しかし、
「！」
樹は真ん中辺りでブレーキをかけつつ、ドリフトをして、止まった。
「参ったね」
橋の反対側から無数のねご子が行進して来ていたのだ。後ろから追いかけてきたねご子も分裂し、樹は完全に囲まれていた。
「水、か」
樹はそう呟いて、自転車を乗り捨てると、欄干までダッシュ。地面を蹴って、欄干の上へ着地し、後ろを振り返る。
もはやゾンビのようなねご子の大群が押し寄せてきていた。
「一か八かっ」
樹は思い切って、欄干から川へと飛び込む。
勢いよく水しぶきが上がり、樹が水面から顔を出すと、
「ぷっはっ」
橋の上から溢れそうになっていたねご子の大群は消えていたのだった。　