襲われよう、一般人｜リアクション

襲われよう、一般人

椿美咲紀は電柱に貼ってある紙に目を止めた。
　応募したホラー映画のエキストラ募集だ。改めて見て、視線を戻すと、前方に女が立っていた。
「……え？」
　長い髪、白い服、足元は裸足で、道の真ん中に佇んでいる。
「え、えーと、事前にリハがある、なんて聞いてないですよ？」
　直感でわかった。あれは、ねご子だ。
　美咲紀は後退りつつ、スマホを手にし、SNSのアプリ、ネコッターを開いた。

『映画の悪霊、ねご子は実在した！　発見！！　場所は旧市街！』
　
「って、いやいや、それより本人に突撃インタビューがジャーナリストとしての正しい姿！　取材、敢行！」
　素早くポケットにあるICレコーダーのスイッチを入れ、
「あなたはねご子さん！？」
　そう問いつつ、取り出したデジカメでシャッターを切る。
　美咲紀はレコーダーをマイクがわりにし、録音できる位置まで近づく。
「今回の映画の前宣伝です？　今回の映画の意気込みは？」
　女は無言でひたすら佇んでいる。微動だにしない。
「ではでは、今回の映画でねご子さん的にこだわりのポイントとかあります」
　ねご子は微かに顔を下へ向けた。
「ん？」
　どうやら、足元を見ているよう。
「あ！　なるほど裸足がこだわりポイントなのですね！」
　意外に反応してくれるらしい。なんとしても声を録らなくては。流れるように取材へ持って行くのです、美咲紀はそう決心してレコーダーを向け続ける。
「ネタバレしない範囲でコメント下さいな！　もちろん、内容によっては寝子高新聞に取り上げますとも」
　美咲紀はもう一方の手の拳を握り締めた。
「色々企画目白押しなので、記事書いても企画会議通る内容が伴わないと載らないのです。さぁ、あなたのコメントにすべてがかかっています！」
　髪の間から生気のない瞳が覗く。それと同時に困惑したような表情である。
「今回、現代の世界へ来た理由は？　幽霊の世界はどうですか？」
　なんとしても肉声を録る！　そう決意し、美咲紀はさらに歩み寄る。
「やはり、人間を襲いにきたのです？」
　するとねご子はゆっくりと頷いた。
「おお！　直球で素晴らしいのです。人間に宣戦布告はあります？　是非マイクに向かって一言！」
と、ねご子は美咲紀に背を向け、駆け出した。
「待つのです！　逃がしませんよ！」
　逃げる幽霊、珍し過ぎる。その速度はかなり遅かった。逃げるのは慣れていないのかもしれない。
　と前方に人影が。
「……いなく、なった？　やっぱりあれはねご子？」
　その呟きに、思わず足を止める。
「もしかして、ねご子さんに追われてる人なのです？」
「え？」
　振り返った高校生くらいの少女にカメラのフラッシュとシャッターを切った。良い感じに恐怖がにじみ出ている表情が最高だ。美咲紀とは逆に謎の女に追われているらしい青山絢である。
「実は私、ねご子さんを追いかけてるのですよ」
　美咲紀は満面の笑みでそう言った。
「お、追いかけてる？　どういうこと？」
「幽霊へ直接インタビューなのです」
　貴重なチャンスにだ。興奮気味にそう言った。
　何故か彼女が固まってしまったので、切り上げることにした。
「おっと、こんなことをしてる場合では。それでは」
　元気に手を振って、追いかけるのを再開した。
　背中を追って角を曲がると、待ち構えていたねご子に両肩を掴まれた。
「およ？」
　そして、顔を舐められる。
「！！　こ、これは、どういう」
しかも歯を立てられた。
　意識がすうっと遠くなる。
「あ、あれ。ちょっと待つのです。最後に一言……一言下さい！！」
　遠退く意識の中で、聞こえた。
「人間に、自分を、認識して、もらうため」
　ぼそぼそと、か細い声、ねご子のものだとわかった。
　
そして、美咲紀が気絶から立ち直ると、ねご子の姿は消えていたのだった。

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