襲われよう、一般人｜リアクション

襲われよう、一般人

「エキストラ募集？」
　新田亮は電柱の張り紙に気づいて足を止めた。
　近々、寝子島で映画の撮影を行うらしく、出演出来る一般人を募っているようだった。
「興味ないな。しかもホラー映画なんて絶対に嫌だ」
　再び歩き出そうとして、前方に妙な女が立っていることに気づいた。長い髪、白い服、そして足元は裸足だった。
　妙だとは思ったものの、生気が感じられない病的に白い肌が気になった。
　亮は少し近づいて、
「具合悪そうですね。大丈夫ですか？」
　そう声をかけるが反応はない。髪に隠れていて表情は見えないので、聞こえているのかもわからない。
　少し迷ったが、気にせず立ち去ることにした。
　女の横を通り過ぎ、しばらく歩く。
「……ん？」
　妙な気配を感じ、振り返ると、
「おいおいおいっ」
　こちらへ向かって来ていた。しかも結構速い。
「冗談じゃないっ」
　亮はすぐさま、ろっこんを使うことを決め、息を深く吸い込んだ。
　そして、念じる。

　発動……！

　亮は呼吸を止めると、軸足に力を込め、そのまま加速した。
　徐々に縮まりつつある女との距離が大きく開く。
「これなら」
　逃げ切れる、そう呟こうとした亮は目の前に現れたものを見て、急ブレーキをかけた。
「回り込まれた！？」
　あろうことか、進行方向に、先程まで追いかけてきていた女が立っていたのだ。
　亮はとっさにウェストポーチの中へ手を突っ込んだ。
　取り出したのは硬球である。
「これならどうだっ」
　力の限り、振りかぶって、勢いよく投てき。
　直撃は確実と思われたが、硬球はその体をすり抜けて、女の後ろでバウンドし、どこかへ転がって行ってしまった。
「当たらない、か。マジもんの幽霊なんてシャレにならないぞ」
　亮は民家の屋根を見上げた。息を止め、再びろっこんを発動させる。
　地面を蹴り、屋根へと着地。さらに隣へと跳躍した。
　しばらくは凌げるだろう。
と、
「そ、そうだ、ねご子ちゃんは、きっと猫さんなんだよ！」
そんな声が聞こえてきて、近くの通りを見下ろす。
計らずとも高校生くらいの少女と並走していた。亮と同じく謎の女に追われているらしい、恵御納夏朝だ。
「はあ、はあ、一体どういう理屈だ？」
声を掛けてみると、こちらを見上げてきた。目が死んでいる。それでも笑顔だ。
「もしかして、君もねご子ちゃんに？」
「ああ、そういうことだ。それより、ねご子が猫とはどういう意味なんだ？」
　というか、何を言ってるんだ？　とまでは言わなかった。
「そのまんまだよ？　もしかして、君、猫が怖いの？」
　怖いという単語に亮はびくっとなった。
「こ、怖いわけがあるか！　そもそもあれは猫じゃない」
　思わずそう叫ぶ。
「ふふふふ、ねご子ちゃんにご飯あげなきゃ。ねこじゃらし持ってくればよかったよ！　そうだ、一緒に触ってみようよ、怖くないから！」
「怖くないっ」
　亮はそう言い放って、進行方向を変えた。
「怖くない、怖いわけがない」
　自分に言い聞かせるように呟いていると、背後に気配が。追ってきているのだろう。
「どうする？　幽霊の弱点と言えば……塩で清めてみるか？　確証はないが試してみよう」
　そう決めたものの、当然ながら手元に塩はない。状況からして、調達は難しそうだ。
「塩……塩分……そういえばスポーツ飲料にはたくさん含まれているな」
　はっとした。見下ろした道の端に自販機が見えたのだ。ろっこんを発動させ、飛び降りると、スポーツ飲料を購入する。
「よし、これで」
　と、女の気配を感じ、視線を上げた。物凄いスピードで走ってくるところだった。
　亮はスポーツ飲料のペットボトルの蓋を開け、女に向かって駆け出した。
　間合いに入ったところで、ろっこんを発動、女の頭上高くに飛び上がり、ペットボトルの飲み口を下へと向けた。
　亮が着地すると同時、スポーツ飲料をもろに被った女の姿は消えていて、ペットボトルだけが地面に転がっていたのだった。