襲われよう、一般人｜リアクション

襲われよう、一般人

その日、真境名アリサは勤め先の水着ガールズバー「ジュエル」から帰宅途中だった。
　すでに午前零時過ぎ、一刻も早くアパートへ帰って眠りたい。
　ふと電柱のポスターに目がいった。ホラー映画のエキストラ募集のそれは、「ジュエル」にも貼られているが、ホラー映画自体が苦手なので、無視していた。
　と、人の気配がした。視線を上げると、暗い夜道の先にぼんやりと浮かび上がる存在が。
　脳内でアラートが鳴り響いた。
　思わず立ち竦む。
　そこにいたのは女だった。白い服、長い髪、足元は裸足。
「気味悪い」
　アリサはそう呟いて、急ぎ足で女の横を通り過ぎる。
　やがて、自宅のアパートが見えてきた。
　敷地内へ入ろうとして強烈な気配を感じ、振り返る。先程の女が自転車並のスピードでこちらへ向かって来る。
　アリサは思わず駆け出す。すぐに、何故自分の部屋へ逃げ込まなかったのか、と後悔する。
「はぁ、はぁっ、あれ？」
前方に自転車に乗った人影が。一瞬、回り込まれたかと思ったが、違う。シルエットは男性のそれだ。男子高校生、八神修だった。
アリサは寝子島高校の制服に違和感を覚える。こんな時間に学生が出歩いているなんて。
それでも、
「た、助けて、変な女が」
「何？」
しかし、辿りつく前に彼の姿は夜の闇の中に消えてしまった。
「げ、幻覚？　ああ、もうっ」
　どこをどう逃げたのか、気付けば夜の裏路地にいた。
「も、もう、あたし、無理」
　アリサはその場に座り込んでしまった。
　と、肩にかけていたトートバッグの中のスマホが鳴った。出てみると、
「きゃはははははっ」
　受話口から女の笑い声が。
「！」
　思わずスマホを取り落とす。
　と、狭い道から自転車に乗った少女、新田樹が飛び出してきた。急停止し、首を傾げる。
「あれ？　どうしたんですか？」
　緊張感のない口でそう問われ、逃げてきた方向を指で示す。
「お、女が、追いかけてきて。それから声が」
　指をさしたスマホから、甲高い笑い声が聞こえてきた。
　すると、樹は笑う。
「あはは、私と同じ状況みたいですね」
「なんで楽しそうなのよ」
「幽霊に襲われるなんてスリルあると思いませんか？」
彼女は周囲に視線を走らせる。
「それじゃっ」
「あ、待って」
「お互い、何か対策を考えましょう！」
　そう言い残し、去って行った。
「自分で、何とかするってこと？」
と、唐突に現れた人の気配。視線を動かす。
　そこにいたのはあの女だった。にたぁっと笑っている。
　慌てて逃げようと立ち上がるが、何かにつまづいて倒れてしまう。
「うう」
　もうダメかもしれない。と、手に何かが当たった。それはビニールのホース。飲食店の裏口近くの蛇口へ繋がっている。アリサは藁をもつかむ思いで、水道の近くへ這いよる。
「ダメで元々よね。そう、なんとかしないと」
　思いっきり蛇口を捻り、ホースの先を指で潰す。
「えいっ」
　勢いよく放出された水が女に直撃する。
　水滴が目に入って瞼を閉じたアリサ。開けると、女の姿は消えていたのだった。

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