喫茶「セピア」営業日誌：歩き始めた｜リアクション

喫茶「セピア」営業日誌：歩き始めた

◆　またのご来店を

　そうしてやがて、日は暮れる。ひとり、またひとりと、店を後にしていく客を、悠弥と依菜里は見送っていた。

「ふふ、いい気分転換になったわ。ありがとう」

　会計を済ませた来夢が、晴れやかに笑う。この後、修羅場へと戻るのであろう漫画家。その苦労を思い、悠弥は心からの応援を送る。
「原稿、がんばってくださいね」
「イナリ、ニャンプ買うからね、待ってるからね！」
　大きく手を振る依菜里に、来夢は軽く手をあげてみせたかと思うと、軽い足取りで店を出て行く。
　それに続いて、冴来がドアの前に立った。とっぷりと日も暮れた窓の外を見て、悠弥たちを振り返る。

「長々と居座ってしまって、ごめんなさい」

　少し申しわけなさそうに、けれども、どこか満ち足りたような表情で、冴来が微笑した。
「いろはさん、お話を聞かせてくれて、ありがとう。次は私ひとりじゃなくて、大好きな人と一緒に来るわ」
「ええ、ぜひ。次は、冴来さんや一緒にいらっしゃる方のお話も聞かせてください」
　静かに頭をさげた冴来が、ドアに手をかける。別れを告げるドアベルが、店内にまたひとつ鳴り響く。そこで、葉月が席を立った。

「これ、よかったら使って」

　差し出したのは、先刻まで葉月が描いていた数点のイラストと、絵ハガキだった。
「メニューのデザインが崩れていたようだから、直したほうが、いいと思ったの」
「そんな、いいんですか？　こんな立派な絵を……」
　おどろいた顔をする悠弥に対して、葉月は「気にしないで」と、首を横に振った。
「それから、もしポイントカードを作ることがあったら、この絵ハガキを」
　多くを語りはしないものの、葉月の行動は、確かな気遣いに満ちていた。遠慮して断るほうが、よっぽど失礼に当たる。悠弥は葉月から絵を受け取り、深く頭をさげた。
「ありがたく、使わせていただきますね」
　小さくうなずき、葉月もまた、店を出ていく。
　その姿を見送り、さらに、他の客を見送り。やがて、店内に残るのは、悠弥と依菜里と、そして、店を手伝っている綾花と師呉だけとなった。
　師呉の友人である夢呼は、帰り際「片づけまでが仕事だからな！」と言い残していたせいか。その日の師呉は、いつにも増して、片づけに精が出る。
　悠弥も厨房の片づけをするべく、店を閉めたところで、メモを片手に綾花が姿を見せた。

「あの、新しいメニュー、考えてみたんですけど……」

　やや遠慮がちに声をかけてくる綾花に、悠弥は笑みをこぼした。

「ありがとうございます、綾花さん。今度は、どんなメニューですか？」
「えっと……猫型かしわ餅、なんです」

　むずかしいかな。綾花は、そう少しばかり自信のなさそうな顔をしたものの、依菜里はその案をおもしろがって、メモを見せてほしいとせがみだす。
　どうやら、客がいなくなってもなお、今の『セピア』では閑古鳥が鳴かないらしい。悠弥は、この日に出会った人たちの顔を思い出しながら、華やぐ綾花たちのもとへと歩きだす。
　この声に釣られ、片づけをしていた師呉も集まってくることになるのだが、それはまた、別の話。

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あとがき

担当マスター：かたこと
ファンレターはマスターページから！

初めての方も、そうではない方も、この度は、喫茶「セピア」へのご来店、まことにありがとうございました。
少しずつ、歩き始めた「セピア」での一日。皆々さまにとっては、どのようなものとなりましたでしょうか。
日々、綴られてゆく「セピア」の営業日誌。その一ページに、皆々さまの姿を記録できたこと、私は大変うれしく思っております。
このリアクションが、皆々さまのお口に合いますことを、願って。

それでは、『またのご来店を』心よりお待ちしております。

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