大正、昭和初期を思わせる装いの喫茶店『セピア』。
かつて、閑古鳥の鳴いていたそこが、ある助っ人たちの手によって小さな変化を迎えたのは、未だ記憶に新しく。もたらされた変化は今もなお、川の流れのごとく、緩やかながらに続いている。
丁寧にデザインされたチラシ、見やすく管理しやすいホームページ、寝子高新聞特集記事の切り抜き、かわいらしい色彩のメニュー案――『セピア』の雇われ店主である鎮目 悠弥(しずめ ゆうや)の一日は、それらに目を通すことから始まる。
連日、夜遅くまで原稿に向かい合うことで疲れていても、あの日、助っ人として手を貸してくれた人々を思い出すだけで、悠弥の疲れは溶けるように消えていく。あたたかな思い出とともに、ふつふつと湧きあがるものがある――
「ユーヤ! いつまで寝てるの!」
ノックされることもなく、勢いよく開かれた扉が、けたたましい音を立てた。
喫茶『セピア』の二階にある、悠弥の部屋。その入口には、ランドセルを背負った少女――薬葉 依菜里(くすは いなり)が、きりりと目をつりあげて立っている。
けれど、起床はおろか、すでに着替えまで終えていた悠弥は、「おはよう、依菜里」と、のんびり笑った。
「ところで、誰が寝てるって?」
たちまち、依菜里の頬が風船のように膨らんだ。
「うるさい! 起きてるのに、ユーヤが部屋から出てこないのがいけないの!」
「ずいぶんな言いがかりだな。一時間前、依菜里を起こしに行っただろ」
「うそ!?」
「本当」
依菜里の頬は、みるみるうちにしぼんでいく。
「……今日は、自分で起きられたと思ったのに」
しょんぼりと落とされた依菜里の肩に、悠弥は苦笑を禁じ得なかった。普段はしっかり者であるというのに、どうにも依菜里は寝起きが悪い。
悠弥はパソコンが置かれた机の前から移動し、依菜里の頭を撫でた。
「それより遅刻するぞ。早く行ってきなさい」
「むう。ユーヤも、お仕事ちゃんとやってよね!」
すぐに普段の調子を取り戻し、依菜里は慌ただしく部屋を出て行く。その後ろ姿を見送って、ぽつりと悠弥は呟いた。
「言われなくても、そのつもりだ」
なぜなら、悠弥は『セピア』の店主として働くことが、少しずつ楽しみになってきていた。
それはもちろん、少しずつ増えてきた客足に手応えを感じているということもある。けれど、それ以上に楽しみだと感じているのは――
「今日は、どんな人に会えるだろうな」
寝子島に暮らす、個性豊かな人々。このところ、悠弥は『セピア』の店長として、彼らとふれあうことが楽しみでならない。
どんな人が、どんな思いで、どんな生活をしているのか。ほとんどは悠弥の憶測でしかないのだが、これらの出会いは、作家「硯 いろは(すずり いろは)」としての糧にもなっている。
片眼鏡をかけ直し、悠弥は着慣れた袴の裾をひるがえした。一階にある店を開くまで――あと少し。
それは、五月上旬のこと。
日差しの暖かさが心地よい、晩春のこと。
はじめましての方も、おひさしぶりの方も、こんにちは。
ゲームマスターの「かたこと」です。
舞台は再び、旧市街側の九夜山付近にある喫茶店「セピア」。
大正浪漫を感じさせる内装の、古き良き喫茶店です。今回、明らかになりましたが、実はこちら、一階が喫茶店で二階は居住スペースとなっています。
前回までは、閑古鳥が鳴いているような喫茶店でありましたが、どうやら、少しずつ客足が増えてきているようです。
けれども、それ以上に大きな変化は、雇われ店長であり、売れない作家でもある鎮目 悠弥(しずめ ゆうや)の、心境でした。前向きに「店長」としての在り方を模索しながら、今日も「セピア」での仕事をこなしています。
そして、まだ小学生である薬葉 依菜里(くすは いなり)も、学校から帰宅すれば、積極的に店の手伝いをしているようです。
さて。今回のシナリオの趣旨を説明いたしましょう。
今回、皆さまには、この変化しつつある喫茶店「セピア」でのひとときを過ごしていただけたらと思います。
とはいえ、その立場には、さまざまなものが考えられます。「客」はもちろんのこと、店の「手伝い」、はたまた、硯 いろは(すずり いろは)の「噂を聞きつけてきた」――などなど。それぞれ異なる立場での、思い思いの時間を過ごしてはみませんか?
また、もし「手伝い」としてご参加いただく場合は、前回と同様に「セピア」の制服を着ていただきます。
制服は、男女ともに大正時代の給仕を思わせるものですが、店長の悠弥だけは、詰め襟のシャツに着物と袴を身につけています。
希望すれば、今回もまた、悠弥が似たようなものを用意してくれるでしょう。
それでは、私も喫茶店「セピア」にて、皆々さまのご来店をお待ちしております。
【登場人物】
※鎮目 悠弥(しずめ ゆうや) …… 28歳
ややつり目がちで表情にとぼしいため、誤解されやすいですが、マイペースで心優しい男性です。
数年前、寝子島へと移り住んできました。
現在は喫茶店「セピア」にて、住みこみで雇われ店長兼売れない作家をしています。
作家として活動しているときは、「硯 いろは(すずり いろは)」という筆名を使っており、子どもに夢を与えるような児童文学を好んで書いています。
「硯 いろは」名義の個人サイトでは、寝子島での生活や、お店でのことをエッセイとして綴っているようです。
※薬葉 依菜里(くすは いなり) …… 7歳
寝子島小学校二年一組に通う、明るく元気いっぱいな女の子です。
悠弥を雇った喫茶店「セピア」のオーナー、その孫に当たります。
好きなものは、悠弥が作る和風パフェですが、基本的に甘いものには目がないようです。