【修学旅行】サイコロコロコロ、神戸と京都へ行こう！の旅｜リアクション

【修学旅行】サイコロコロコロ、神戸と京都へ行こう！の旅

●１日目　午後　清水寺
　清水寺は京都の史跡の中でも、とりわけ有名な観光スポットとして知られる。
　その歴史は大変古く、既に江戸時代の頃から訪れる客は後を絶たなかったという。近年は日本のみならず、海外からの観光客も多い。
「勇気を奮って大胆な行動を起こすことを、俗に『清水の舞台から飛び降りる』と言いますが、江戸時代の頃は本当にこの舞台を飛び降りる人がおったそうです」
「へえ。それは初めて聞いたよ」
　七瀬の語る清水寺のエピソードに、教員のウォルター・Bはすっかり聞き入っていた。
　本の虫である七瀬はさすがに博識で、ウォルターの知らないエピソードが次々と出てくるのだ。
「でも、どうしてわざわざ、そんな危ない真似をしたんだい？」
「願掛けのため、らしいですね。『傘をさして飛び降りると、その恋愛は成就する』とかで、若い女性の飛び降りが多かったとか。もっともその頃は、木が今よりずっと多くて、地面も柔らかい土だったせいで、生存率は高かったそうです」
「なるほどね。倉前君は、飛び降りてでも叶えたい願い事はないの？」
「いやあ、僕にそげん勇気はなかですねー。普通に怖いです」
　そんな会話を交わす二人から少し離れた場所、清水の舞台から眺める風景に、初瀬川理緒は言葉を失った。
　舞台から見下ろす三重塔。奥に見える奥の院。そして、眼下に広がる京都の街。
　いずれも教科書やネットで知識としては持っていたが、こうして実物を見るとその風格に圧倒される。単に美しいというのではない。木々や川、街並み、山々がみごとに調和して、ひとつの世界を形作っている。
「……すごい、奇麗だね」
「そうだね」
　恋人である佐和崎紗月の言葉に、理緒はようやくそれだけ答えると、しばらく無言で京都の街を見下ろしていた。今の感動を伝えようと言葉を探しても、なかなか相応しい表現が見当たらない。
「ねえ、写真撮らない？」
　紗月の言葉で現実に引き戻された理緒は、ふたりで写真を撮った。今夜は二人とも、サイコロで旅館を当てている。帰り道であちこち寄り道をしながら、夜は二人でのんびり過ごしたかった。
「八坂庚申堂のお願い事は決めた？」
「うん」
「何？　教えて」
「内緒」
　こうして二人は、そっと手を繋いで清水寺を後にした。

　清水寺の西門に太陽が傾き始めた頃、生徒たちは一人二人と寺を後にし始めた。
　生徒の中には、宿への途中でこっそり寄り道をする者も多い。
　例えば伊織源一がそうだった。
「ここか。きなこアイスで有名な甘味処というのは」
　清水寺散策の帰り路、源一はとある店の古い暖簾を潜った。
　道端にひっそりと建つ、小さく古びた店構え。下調べをしていなければ、到底辿り着けなかっただろう。
　京都の道は碁盤のように入り組んでいて、地図を見ながらでも何度か迷いかけてしまった。
「きなこパフェ……特大を……ひとつ」
　案内されたテーブルで、源一はさっそく目当ての甘みを注文した。
　運ばれてきたのは、ラッパ状の器に盛られた大盛りの和風パフェだった。
「……いただきます」
　無骨な手で持った小さじで、ひきたてのきなこをまぶしたクリームをそっと掬う。
　適度な疲労の残る源一の体に、パフェの甘みがスッと染み透ってゆく。
　一口一口をかみしめる様に味わいながら、源一は頬を綻ばせた。
「……おかわりを」

　いっぽうその頃。
「大吉か。１年度の始めとしては、幸先がいいじゃないか」
　民宿への帰り路、結城永遠は神社で引いたおみくじを満足そうに眺めながら歩いていた。
　清水寺からバスで数十分、清明神社で引いたもので、千社札と一緒である。
「修学旅行生にはいいサービスだよな。ガイドもしてもらって……」
　京都の夕焼けを眺めながら、永遠は満足そうにため息を漏らした。
（明日は神戸に出発か。サイコロ、いい目が出るといいな）
　永遠が神戸牛と高級旅館の目を当てるのは、もう少し後の話である。