【修学旅行】サイコロコロコロ、神戸と京都へ行こう！の旅｜リアクション

【修学旅行】サイコロコロコロ、神戸と京都へ行こう！の旅

●最終日　神戸市　その１
　その日、五郎八と澄佳は神戸の中心を離れて、西方の須磨に来ていた。
「神戸に来たからには、『ここ』のお参りは外せない訳ですよ」
　鳥居をくぐり、すいすい境内を歩く五郎八の足取りを、澄佳はてくてく追いかける。
　いま自分のいる場所がどんな所なのか、澄佳にはまるで見当がつかない。たしか五郎八は、関守稲荷神社とか呼んでいたが。

　淡路島　かよふ千鳥の　鳴く声に　いくよ寝覚めぬ　須磨の関守

　上機嫌で句を諳んじる五郎八の声に、澄佳は、
（ふむむ、五郎八さんお得意の百人一首だべか？）
　と首を捻った。今まで神戸と聞けばお洒落で洗練されたイメージしか沸かなかったが、この街には和の風情も色濃く残っているようだ。
（なんも退屈しないし、思い付かないような場所にこれて嬉しいわあ）
　参拝を終えると、五郎八はそっと澄佳に耳打ちした。
「今日はありがとう。埋合せに甘い物でも奢っちゃうよ」
「あ、甘い物！？」
　五郎八からの思わぬ申し出に、澄佳は思わず飛び上がった。甘い物と聞いて、心と体の疲れがいっぺんに吹き飛んでしまったようだ。
「揚饅頭が美味しい和菓子屋さんが確か……カスタードと桜餡が美味しいらしいよー？」
「……ふへ、揚げ饅頭？　嬉しい、ご一緒してお茶できるねっ！」
　カスタードに桜餡、どれも大好物だ。澄佳の顔が、ぱあっと明るくなる。
「味は悩んじゃうなあ……あ、半分こしよう！　午後のスイーツに温存しないとねっ？」
「そうだねえ。私は何にするかなー。小豆、いや金時も捨てがたいかねえ……」
　贅沢な悩みに嬉しい悲鳴を上げながら、五郎八と澄佳は神社を後にした。

　同時刻、中央区のとあるＪＲのプラットフォーム。
「ウォルター先生！」
　聞きなれた声にウォルターが振り返ると、クラスの七瀬が立っていた。
　相談事のある顔だな、とウォルターは感じる。
「どうした？」
「後輩や自分へのお土産に何を買おうか迷っとるんですが、先生やったら何を選びますか？」
　七瀬は随分と迷っているようだった。マイペースな彼のことだ、随分前から悩みを抱えていたに違いない。
「お土産か。そうだねぇ……」
　ウォルターは考えた。
　祖母の祖国である日本に来てはや１０年、一通りの習慣は身に着けたつもりでいたが、お土産選びは未だに苦手なところがある。
「うーん。僕だったら同僚にはお菓子、家族や大切な相手には雑貨かな。いや待てよ、それよりも……」
「定番のお菓子？　それとも形に残る雑貨？　うむむ、迷います。いっそ両方買ってしまいましょうか」
　しきりに首を捻るウォルターと七瀬。と、そこへ現れたのは紅葉である。
「何をそんなに悩んでいるの、ふたりとも？」
　紅葉の言葉に振り向くと、ウォルターは子供のような困り顔で答えた。
「いや、皆に買って帰るお土産をどうしようか、とね」
「ふうん、そう……」
　紅葉は無言で少し考え込むと、
「ちょうど私もお土産を買おうと思っていたんです。折角ですから、一緒に街を回ってみませんか？」
「じゃ、そうしようか。倉前はどうする？」
「僕も構わんですよ。ところで丹羽さんは、どんな土産を買おうと？」
「食べ物よ。それもチョコとか焼き菓子ね」
　即答だった。
　食べ過ぎは体によくないけれど、１日少しずつ食べれば問題ないわ――自信に満ちた顔で、紅葉は断言する。
「まずは布引に行ってみない？　ハーブを使ったスイーツが気になってたの。展望も素晴らしいそうよ」
「山麓のロープウェイまでは、歩いて数分ですね。では、行きましょうか」

　ハーブ園へと向かうロープウェイの駅は、ＪＲの駅から歩いて数分の場所にある。
　ロープウェイから見下ろす神戸の街並みは美しく、まるで映画のワンシーンを見ているようだった。
「綺麗だわ」
　紅葉はそれだけ言うと、デジカメで眼下の風景を撮影し始めた。
（旅での体験も、風景も、空気も、食べ物も、みんな良い思い出としてこれからの踊りに活かしていきたいわ）
　修学旅行の４日間、沢山の思い出を収めたカメラが、最後の日の光景を切り取ってゆく――。