放課後何する？｜リアクション

放課後何する？

　ホームルームが終わるや、透明は早足で旧市街の銭湯へと向かった。
　銭湯の主人は、今夜は、急用があって店を離れるらしい。
　奥さん一人では店を回せないと、明は昨日、急きょ、アルバイトを頼まれたのだ。
　銭湯に着いたら、夜の１０時まで働かせてほしいとお願いしよう、とずんずん歩きながら思う。
（家に居たくなかったから丁度いい。働ける時間ギリギリまでバイトしよう）
　開店よりも早くに銭湯に到着したのに、入口には既にお客が並んでいた。
　少し焦りながら店内へと急いで、すぐに仕事の準備を始める。
「いらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞ～」
　受付で、お客から代金を貰うのが明の主な仕事の一つだ。
　一見のお客などには、利用方法の説明をすることもある。
　店の顔として努めてにこやかに声を張り、お客から挨拶や笑顔を受け取る明だったが、
（……はあ）
　と、胸の内は銭湯を目指していた時と変わらず、鈍く曇っていた。
　シャンプーなどの補充、サウナのタオル交換、脱衣室の清掃……。
　仕事が幾らでもあるのが幸いだとばかりに、明は忙しく立ち働く。と、その時。
「じゃあ、後でね」
　若い女性の声がして、明は思わず、彼女が暖簾を潜るのを目で追った。
　年配のお客が多いものの、偶に、ここにはカップルなども訪れる。
　暫し女性が消えた方へと灰色の眼差しを向けていた明だったが、間もなく、自分の仕事に戻った。
（……嫌なこと思い出したな）
　女性の声が呼び起こしたのは、姉の顔と、努めて頭に浮かべないようにしていた昨日の記憶。
　明は昨日、姉と喧嘩し、今も仲直りをするに至っていない。
　原因は、明が無断で、姉のプリンを食べたことである。
　当然、姉は怒った。
　そこで明が、謝るのではなく、逆ギレをしてしまったことで話は余計に拗れてしまい……。
（そりゃ、俺が１００％悪いけどさ、引くに引けない時ってあるだろ）
　家に居たくないのだって、姉とのことがあるからだ。
　ため息を一つ零して、新しいお客が訪れたのに、明は「いらっしゃいませ！」と笑顔を作った。
　忙しく立ち働くうちに時間はあっという間に過ぎ、夜の１０時に。
（バイトした日は無料なのが嬉しいよな）
　と、明は風呂に入ってから家路に着くことにした。
　湯船に浸かりながら思い出したのは、中学生の頃の出来事だった。
　ある悩みを抱えていて、家の風呂が壊れた時でさえ銭湯に行けなかった中学生の明。
　そんな時に、そのことに気付き、言葉をかけてくれたのは他でもない姉だった。
　彼女の一言が、明の足を、再び銭湯に向けさせたのだ。
（寝子島にはいろんな人がいる。外見、経歴、家庭……）
　姉の言葉を受けて、明は『普通』にこだわることを馬鹿らしいと感じるようになった。
　湯の温かさが、その時の記憶と共に、明の心も解していく――。
「――あ」
　男湯を出た明は、思わず、小さく声を漏らした。
　ちょうど女湯から、何故だか姉その人が出てきたところだったのだ。
　少なくとも朝までは、家の風呂が壊れる、なんて事態は生じていなかったはずなのに。
（……もしかして迎えに来た、とか？）
　照れ臭さを紛らわすように、髪をくしゃと撫でる。と、
「……フルーツ牛乳、飲む？」
　姉が、こちらもどこか面映ゆげに言った。
　言葉を返す代わりに、こくと頷く。
　奢ってもらったフルーツ牛乳を飲んで、姉と一緒に帰路を辿った。
　その間もお互い殆ど喋らなかったけれど、明の心の内は、もう曇ってはいない。

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