放課後何する？｜リアクション

放課後何する？

　優木遥斗は、桜花寮の近くに位置する小さな引っ越し屋、『にゃん丸運送』でアルバイトをしている。
　普段は、早朝や夕方の短い時間、倉庫での作業を手伝うのが遥斗の主な仕事だ。
　けれどその日は、部活がない分働けると、急きょトラックの助手席に乗り込むことになった。
　出先で荷物を運ぶのを手伝うということで、到着してすぐ、
「いいか、重い家具や荷物を運ぶ時は……」
　と、先輩に当たる従業員のおじさんが、荷物の持ち方やそれを持つ際の姿勢を教えてくれる。
「優木君、剣道やってるんだろう？」
　身体を痛めたら大変だからな、と笑顔で肩を叩かれて、
「ありがとうございます」
　と、遥斗は真面目な声音で、真摯に頭を下げた。
　他にも様々なコツを学びながら、作業に当たる。
　本日の仕事内容は、寝子島内での小規模な引っ越しの完遂だ。
（よいしょ、っと……）
　事務所の移転ということなのだが、幸い、大きな家具を運ぶ必要は殆どない。
　ただ、その代わりのように、運ぶべき本やら書類やらは、やたら大量にあった。
（重いが、だいぶ慣れてきたな）
　元の事務所があるビルには、エレベーターがない。
　トラックに荷物を運び込むには、階段を、中身の詰まった段ボール箱を抱えて何度も往復する必要があった。
　それでも、黙々と作業に没頭していると、
「大丈夫か、優木君」
　と、階段の下で、額に汗をかいた従業員のおじさんが、遥斗を案じるようにして言う。
「平気です。いいトレーニングになりますから」
　立派だねぇ、と汗を拭い、再び階段を上ろうとするおじさん。
　そのあとに続きながら、遥斗は寸の間思案に耽る。
（アルバイト代が入ったら、少しずつでも貯金したいな）
　遥斗にとって、このアルバイトはトレーニング兼おやつ代稼ぎだ。
　けれどその一方で、遥斗はお金を貯める、ということも考えている。しかし。
（……あ。中華料理食べ放題コース……）
　階段に貼られたポスターが目に入って、思考が乱れた。
　このビルには、どうやら中華料理店が入っているらしい。
　そういえば、どこからともなくいい香りがしているような……。
（隣には定食屋か……デラックスカツ丼定食、こっちもうまそうだ）
　疼きそうになる腹の虫を一先ずは気合で何とか落ち着かせると、
（……集中だ、集中）
　と、遥斗は階段を上る足にぐんと力を込めた。
　意識を、そこに集約させる。
　留まるところを知らない食欲を紛らわさんと、遥斗はその後、益々以って仕事に励んだ。

　仕事を終え『にゃん丸運送』へと戻った遥斗は、
（……腹が減った……）
　という具合で、かなりグロッキーな状態に陥っていた。
　動くと、どうにも腹が減る。
　貯金をと考えているのに、かえって食費が余分に必要になる始末……というのが、遥斗の現状だった。
　中々難しいものだな、と内心に息を吐きながら、事務所へと足を踏み入れる。
「只今戻りました……あ」
　机の上に置かれた物を見留めれば、思わず声が漏れた。
　そこに鎮座していたのは、大きな皿の上、おにぎりの山だった。
　笑顔で遥斗達を迎えてくれた引っ越し屋の奥さん曰く。
　遥斗の燃費が悪いことに気付いて、育ち盛り故かと差し入れをしてみたのだとのこと。
「ありがとうございます！　いただきます！」
　奥さんの話を聞き終えるや、遥斗は拝むように手を合わせて、おにぎりに齧り付いた。
　山盛りのおにぎりがあっという間に遥斗の胃袋へと消えたのは、言うまでもない。

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