＜月華＞悲しきアイに終止符を｜リアクション

＜月華＞悲しきアイに終止符を

――儀式陣・祭壇前

「真央ちゃんお姉さん！！」
　曖浜瑠樹が、力なく横たわる後木真央へと駆け寄ると、すぐさま治癒の力を発動させる。錯乱した状態で一行に襲い掛かろうとした帳から仲間を守ろうと、志波武道と優木遥斗が前に立つ。
（タイミングが悪かったか！　けれど……ある意味チャンスかもしれない）
　武道が虎の前足を出そうとしたとき、帳の動きが鈍くなった。いつのまにか、恵御納夏夜（恵御納夏朝）がろっこん『重く軽く』の進化能力でシールを飛ばし、帳を重くしたようだ。
（僕は、『月』――暖かな金色の光を放つ『月』。光よ、悲しき魂を『巡り』へ導いて、みんな再び産まれ、幸せに生きられるように……！）
　夏夜の祈りが篭ったろっこんの発動。それに、帳は錯乱が解けたようだ。彼女は重くなったはずの身体を無理矢理起こし、気合と共に夏夜の力を振り払った。その衝撃か、ろっこん使用で疲労したのか。夏夜が膝を突く。
「大丈夫かい？」
「僕より、真央と帳を……っ」
　武道が夏夜を支え、その間にも瑠樹による真央の治療は終わっていた。真央はまぶたを震わせて目を覚まし、首をかしげた。遥斗はその様子にほっ、と胸を撫で下ろす。
「後木、目が覚めたか」
「あれ？　真央ちゃんは確か帳とお話していた筈なのだ……？」
「よかった……！」
　瑠樹に抱きつかれ、困惑する真央。だが、彼女はすぐさま帳の事を思い出し、武道の前へでた。
「帳ちゃん、もう一度話そうなのだ！」
「この儀式は終わらせないといけない。愛憐様がこの世界を終わらせるために、私の魂をかけても！」
　何が何でも儀式を遂行しようとする帳だが、一同の後にいた呉井陽太は駆け出しそうになる真央に「ちょっとまってね」と笑顔を向ける。遥斗にも頷いた彼は眼鏡を正すと、何時ものように穏やかに笑った。
「そうですよねぇ。だって、帳さんも愛燐さんも、ここまでやろうとしてるのってさ、『こんなにも自分達は苦しんできたんだ』って伝えようとしてるのもあると思う。いきなり『もうやめよう』と言っても、『よく知りもしないで！』って怒られるよね？」
　ゆっくり歩み寄りながら陽太が話しかける。帳はぐっ、と歯を食いしばり、鋭い眼差しを陽太に向ける。祭壇を守るように立ちはだかり、その全てで、彼らに言い放つ。

　――何も知らないくせに、口を出さないで。
　――もう、なにもかもが、遅すぎたのよ。

　口を開かずともそれらを感じ、急激に負の力が高まる。だが、陽太は歩みを止めない。彼は帳に近づき、静かに「そうだね」と、１つ頷いた。

――そうなんだよ。まだよく知らないんだ、帳さんの事ってさ。

「前にオレは、愛燐さんや白虹さんの事を帳さんに訊いたのに、帳さん自身に何があったのかは……きちんと訊けてなかったんだよね。だから……」
「！」
　陽太の言葉に、帳だけでなく夏夜たちも腑に落ちた。確かに、帳の口から彼女自身のことははっきりと聞いていない。
　陽太は真剣な眼差しで、そっと帳の前に立った。
「ここに来たのは、儀式を阻止する為というより、帳さんと向き合う為に来たっていう方が合ってると思うんだ。さっきも言ったとおり、今更なんて、って言われても仕方ない。けれど、僕は、僕らは、向き合いたくてここに来たんだ」
　陽太の後から、ぴょこん、と瑠樹と真央が顔を出す。真央は瑠樹の背中をかるく押し、笑顔で頷く。
　だが、周囲の様子にも気を配っていた夏夜と武道は、嫌な予感がしていた。空の雲は分厚く、黒く、今にも雨が振りそうで……。それに冷たい風も吹いてきた。思わず武道は１つくしゃみをする。だが、サキリたちが必死に魔物や石人形を相手にし、美咲紀と紫が治癒に当たる中、ごろごろと雷が鳴り出した。
「これは……待ってられないかもな」
　武道がそう呟いた時、……すぅ、と周囲に満ち溢れていた戦意が薄れた気がした。