『ねこねこ団』参上！｜リアクション

『ねこねこ団』参上！

■自転車置き場にて　１

昼休みに自転車置き場に用事がある生徒はいない。皆無と言って差し支えない。
——普段であれば。
だが今日は少し違う。この自転車置き場に『ねこねこ団』が現れるかもしれないと踏んだ生徒たちが、数人見て取れた。
とはいえ大方の生徒は体育館と食堂に集中していたので、本当に少数だった。

旅鴉月詠が自転車置き場に到着すると、すでに塀にラクガキがされていた。
それは、ド素人が描いたような猫の絵だった。絵の下に「ねこねこ団参上！」の文字が添えられている。
「……へたくそ」
忌々しげに呟いた旅鴉月詠は、それを無言でデジカメに収め、大きなトートバッグからエプロン、ガスマスク、スプレー缶を取り出す。
エプロンを着て、ガスマスクを装着し、その猫の絵の上に手際よく新たな絵を描き始めた。そのすべてが、迷いのない滑らかな所作だった。
静寂の中に、シュッ、シュッというスプレーの音だけが淡く響く。味気ない音だが、月詠にはそれが心地よかった。創作はこうあるべきだと思った。
決して、ねこねこ団がするような『うるさいもの』ではないのだ。
「あなたがねこねこ団？」
突然、月詠に声がかかる。振り返ると、そこに三宅葉月が立っていた。
「違うが？」
月詠はごく短く否定した。ガスマスク越しだったのでかなり声がこもる。
エプロン、スプレー、ガスマスク——その異様な姿を見た葉月は、一瞬目を見開いたが、指摘することはなかった。
語尾が「が」だったので、続きがあるものだと葉月は待った。
「…………」
「…………」
奇妙な沈黙が流れた。数秒後、どうやら発言は終わりだったと気づいた葉月が、間を取り繕うように言った。
「ねこねこ団じゃないなら、どうして壁に絵を？」
しかし、月詠は答えなかった。その代わりに葉月をじっと凝視する。
——ふむ、美しい娘だな。
すらっとした体躯、少し眠そうな瞳、整った顔で黒髪ロング。なんとなく「夜空」という言葉が似合いそうな女性だと月詠は思った。今度デッサンのモデルになってもらおうか。
「……」
しばし見つめ合う。また沈黙が訪れかけたが、
「ん」
と、月詠は葉月に予備のガスマスクを差し出した。
「これを……つけろってこと？」
「そう」
話についていけない葉月だったが、月詠の赤い瞳が真剣そのものだったので、思わずマスクを受け取った。
「スプレーを使うからな」
そう言った月詠はクールで浮世離れした存在感を持っていた。光の束のような白い髪に、妖艶な赤い瞳が印象的だ。
葉月がマスクをつけると、月詠は小さく頷いて、絵の創作へと戻った。
「ここで見ていていいってこと？」と葉月が尋ねると、「まあな」と短い返事。
見ていいのならそうしようと葉月は思った。月詠が何をしているのか、少し興味が湧いていた。
月詠は慣れた手つきで、スプレーでイラストを描いていく。
元々描かれていたのは、誰が見ても下手とわかる猫の絵だ。その上から月詠が描き足したのは、『その下手な絵を描いている猫の絵』だった。
しかも、巧い。元の絵とは比較にならないレベルだった。ベレー帽をかぶった画家風のその猫は、コミカルでありながらリアリティがあるという奇跡的なバランスを保っていた。
（すごい……）
葉月は心の中で感嘆した。
同時に、ある感情が芽生えるのが自分でもわかった。
——私も何かを描きたい。抑えきれない創作意欲が腹の底に渦巻いて、たまらない。
それを知ってか知らずか、月詠はガスマスクの下で魔女のようにニヤリと笑った。