『ねこねこ団』参上！｜リアクション

『ねこねこ団』参上！

■体育館にて　３

志波武道は体育館に向かう前に、体育倉庫の様子を確認しに来ていた。
「あーこれね！　噂の落書き。こりゃまたひどいねー☆」
跳び箱に書かれた『家賃１万』の文字を見て漏らした声は、狭い体育倉庫の中で反響した。
口調は軽快だが、眼鏡の奥で光る目は鋭い。
「これ、消えんのかな？」
持参していた濡れ雑巾で拭いてみる。……消えない。
「——ふんっ！」
力を込めて擦ってみると、少し消えた。どうやら油性マジックではなさそうだ。不幸中の幸いといったところか。
「いやー、でも骨が折れそうだなー」
ちょっとげんなりするも、「よしっ！　やるかー！」と自らを奮い立たせて、落書き消しに取り掛かる。

『家賃１万』の文字は、ものの数分で消し終えた。覚悟していたほどの労力ではなかったので武道はほっと胸をなでおろす。
「ふいー。ひと仕事終えたって感じだぜ☆」
などと、腰を叩きながら呟いた——その時、ふと視界の隅に違和感が湧いた。
「……ん？」
あれはなんだ？
倉庫の奥まったところ。サッカーボールがたくさん入ったカゴのそのまた奥にある、大きなダンボール箱。
まるで隠されているかのように佇むその箱に、武道は吸い寄せられるように近寄った。
箱を開けると、その中には大量の——自転車の座る部分、つまりサドルが入っていた。
「はい？」
思わず間の抜けた声が出る。なぜこんなところにサドルが？　なぜこんなにたくさん？
ひとつ手に取る。ペタペタと触ってみたが、なんの変哲もないただのサドルだ。
うーん……一輪車用とか？　いや、体育館に一輪車なんてあったっけ？　と思い返すが、いやいやないっしょ。授業で一輪車使うわけないし！
じゃあ、考えられるのは……
「これは——」
結論を出そうとしたその瞬間。
ゴゴゴゴ……！
と、背後で倉庫の扉が開く音がした。
「ねこねこ団を見なかったか？」
いきなり話しかけられる。
武道が振り返ると、そこに何者かが立っていた。逆光となっていたため顔をはっきり見ることはできないが、シルエットと声で男だとわかった。
「いーや、見てないよっ☆」
いつもの軽い調子で武道が答えると、声の主——新田亮はため息をついた。
「ここも違うか……」
「なになに？　ねこねこ団探してどうするのさ？　ってゆーかキミ誰？」
「俺の名前は新田亮。ねこねこ団に入りたくて、探してるんだ」
亮は臆面もなく言い切った。
瞬間、武道の眼差しが鋭くなるが、倉庫内の薄闇の中では気づかれない。次の瞬間にはいつもの明るさを取り戻している。
「あー☆　もしかして、ねこねこ団のファンって感じ？」
「まあ、そんなところ。入れてもらいたくて、情報を集めてるんだ」
亮は頷く。
「ふうん。そうかそうか！」
軽口を叩いてみたものの、武道には理解できなかった。
ねこねこ団の活動はなかなか悪質だ。投身自殺を模した作品（？）なんかはいくらなんでも度を超えている。
落書きにしたってそうだ。『実害はないから可愛いイタズラじゃないか』と言われているが、実際に消す手間や労力を考えたら、実害がまったくのゼロとは言い難い。
「まっ、見つかるといいね☆」
武道は会話を打ち切るようにエールを送った。ねこねこ団に入りたいという気持ちは理解に苦しむが、いちいち説法タイムに突入するわけにもいかないしな。
「ところで、そっちこそ何してるんだ？」
亮が問うて、武道が手に持っているものを指差した。
「なんで自転車のサドル？」

　＊

体育館には、続々と生徒たちが集まってきていた。
胸の中の思いは十人十色だが、ねこねこ団の活動を一目見ようという気持ちは同じだった。
集まった数十人の生徒たちは、自然とステージの方を向いていた。——無意識に、何かが起こるならステージ上なのではとアタリをつけているようだ。

ノートを抱えている桜月と、『プラナリア』と書かれた紙を握っている水上桜。
二人は時折会話をしながら、その瞬間を今か今かと待っていた。
待つこと５分——ひょっとしたらカップ麺を作って食べるくらいの時間はあったのかな、もったいないことをした——などと月が考えていた、その時。
「ステージを見ろ！」
誰かが声を上げた。
その場にいた全員が、反射的にステージを見た。
ステージの奥の壁に、ゆっくりと白い布が降りる。映像を投影するためのスクリーンのようだった。
「……始まるのか？」
冷静に月が呟くと、桜は緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らした。

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『ねこねこ団』参上！

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