――進め、爆走トロッコ！

　爆走するトロッコの中から、隠れにゃんこを見つけ出せ！
　アドベンチャー・ライドのそんな宣伝文句に、高杉 かようは瞳をきらり。
「いかにも挑戦的なアトラクションだな。俺の眼が鷹の眼だと知らんらしい」
「……まあ、知らないだろうな」
　響 蒼留人がぽそりと零すが、かようはそんなの聞いちゃいない！
「俺、響、マーガレット、３人いればモントリオール大聖堂の知恵！」
「文殊の知恵、のことでしょうか。逆に難しくなっていません？」
「まあ、３本なら折れない的ななにかだ！　絶対、全部見つけてやろうぜ！」
　つっこむマーガレット・ライカー！　無理やり話を纏めにかかるかよう！
　やれやれとばかりに息を吐いた蒼留人が、
「でもまあ、折角だから探してみるか」
　と応じれば、かようの瞳が再びきらりとする。
「なら、勝負だ、響！」
「構わないが……動体視力より集中力だぜ、高杉」
「俺の鷹の眼を舐めるなって！　まあ象でもキリンでも、まるむしでもいいよ」
「じゃあ行くぞ、まるむし」
「ああっ！　やっぱ最後のナシで！」
　盛り上がる男２人のじゃれ合いを、マーガレット嬢は例によって、
（いい……！　素晴らしい続編が生まれそうです……！）
　と、フィルターのかかった目で具に眺め、心にメモを残しまくっていたのでした。

　トロッコ待ちの列に並んで、藍川 慶介と谷咲 苺喜はすっかり意気投合。
「それにしても、まさか遠足でニャンドに来れるなんて」
「私もこんなところに来るのねってびっくりしたわ。でも、楽しいわよね」
「うん。俺は、ニャンドに来たらやっぱりこれに乗っておかないとって」
「そんなに面白いの？　益々楽しみね。お買い物もたっぷり満喫したし……」
　なお、そんな苺喜の買い物は、宅配便を利用する際、段ボール箱を信じられない数消費するものだった。
　更に、ろっこんが発動して、店の売り上げも大変なことになったとか。
　閑話休題。２人の会話は、じきに今から乗るアトラクションの話題に着地した。
「確か、未だにゃんこを全て見つけられた猛者はいない……のよね」
「俺も、全部見つけたことはないんだよね。今度こそ！」
「あら、負けないわよ。私が最初の１人になるんだから」
　チャレンジするわ、と、不敵な笑みを浮かべてみせる苺喜。さて、そんな２人の後ろでは、
（ああ、楽しみすぎてドキドキしちゃう！）
　なんて、月守 輝夜が弾む胸を押さえていた。
（前にも何度か乗ったことがあるけど、すごく面白いんだよね）
　お化け屋敷は苦手だが、こういうアトラクションは楽しめる性質だ。
　疾走するトロッコに乗っていながら、洞窟の細かな部分にまで目を向ける余裕があるくらいには。
（今日こそ、マスコット猫を全部見つけるんだから！）
　これまでに、既に４匹の位置は確認している。
　最後の１匹にも絶対に出会ってみせると、輝夜は密かに、ぐっと拳を握った。


　そうして、一行を乗せたトロッコは洞窟中を駆け巡った。
　――やがて、山の天辺から滝壷へと落下し、見事な着水を決めるまで。


　トロッコを降りた輝夜は、乗車中、「キャー！」なんて叫びながらも崩さなかった笑顔のままで、
「あー、楽しかった！」
　と、清々しいように声を華やがせて、しっとりと濡れた髪を撫でた。
　すぐ近くでは慶介が、苺喜へと笑顔で声を投げている。
「ねえ、どのくらい見つけられた？」
「１回目は雰囲気なんかも楽しみたかったから、まだ１匹ね」
「そっか。俺は、なんとか２匹……って、あれ？　１回目？」
「そう、２回目以降はねこちゃんを見つけることをメインに頑張るわ。何度だって挑戦あるのみよ」
「ええっ！？　す、すごいね……！」
「全てのねこちゃんが見つかるまで！　私はこのアトラクションにチャレンジするのを止めない！」
　言い切る苺喜の目には、執念の炎が燃えていた。
　じゃあまた、と再び列の方へと苺喜が向かうのを慶介がちょっぴり呆然として見送る横を、
（……私も、もう一回乗っちゃおうかな？　最後の１匹、折角だから見つけて帰りたい！）
　と、輝夜も、苺喜と同じ方へと向かって通り過ぎる。
　お父さんとお母さんも乗ってみたら良いのに、なんて、至極真面目に思いながら。
　と、輝夜が軽やかな足取りで傍らを通ったのに、慶介はハッと我に返った。
（なんと言うかこう……寝子高の遠足、って感じだな）
　担任の先生だって、自由でおおらかで。
　少し不思議な感じはするけれど、決して居心地が悪くはない。
（むしろ、ちょっと気が楽だったりして……）
　自然、口元にふっと笑みが乗る。
「よし、俺も、めいっぱい楽しもう！」
　何度か来たことはあるけどリニューアルのお陰で新鮮だし、と、慶介はアトラクションの出口に向かった。

　かよう、蒼留人、マーガレットは、３人がかりで全てのマスコット猫を見つけ出した。
　協力プレイというよりは、かようと蒼留人、２人の対決の副産物のような形だが、
「まあ、ここは見つけた者勝ちとしておきましょうか」
「３人がかりって、制覇したことになるのか微妙なラインだけどな」
「しかし、ハイタッチ決める暇もなく滝壷どっぼーん！　と来たか！　むっちゃ濡れた！」
　マーガレットの言葉に、蒼留人とかようが続く。
　と、不意に思い立ったように自分同様びしょ濡れの蒼留人を頭から足の先までじぃと眺めて、
「……今なら乳首当てゲーム全勝できるわ、俺」
　なんて、謎の勝利宣言をかようがぽつり。
「おい、変なこと言うな。大体お前は……」
「油断大敵、それ、ドリル突きー！」
　蒼留人の濡れ透け乳首に人差し指でアタックをかまして、
「ふっ、決まったぜ」
　とか何とか決め顔で言い放つかよう。
　何やってんだ！　と蒼留人が胸元を隠すのも、勿論、マーガレットにしっかり目撃されております。
　今回マーガレットさんが静かになった時は、ＢＬ考察をしている可能性が非常に高いぞ！
「っと、どれ、マーガレットは……って、あれ？　ぜんぜん濡れてねー！？」
「まあ、俺と高杉の間に座ってたしな……」
「いやでも、これは俺らを盾にしただろ！？　いつの間にか俺の帽子被ってるし！」
　ていうか俺の帽子びしょびしょだし！　と、かようが笑い出す。
　濡れた帽子をかようの手に押しつけながら、マーガレットは肩を竦めてみせた。
「盾にした、と思われるのは心外ですね。そもそも紳士は、淑女を守るのが義務ですよ？」
　当然でしょう、と平然とした顔で言ってのけるマーガレット。
「じゃあ、俺らめちゃくちゃ紳士じゃん！」
　なんて、かようはまた明るく笑って、そのあとで、
「しっかし、写真がないのは残念だな……今から撮る？　響の乳首」
「いや、何でだよ」
「響の結婚式の時、スライドで使ってもらおうと思って……」
「結婚式？　ふざけるな、お前の時専用のを撮影してやろうか」
　そんな姉に絶対見せられないブツを残させて堪るかとばかりに蒼留人が言い返す。そんな２人を前に、
（高杉さん、やけに響さんの乳首に食いついていますね……こ、これはもしや！？）
　と、マーガレットは妄想という名の止まらない暴走列車に乗り込んでいた。
（彼はいわゆるガチな人？　そう言えば、響さんもまんざらではないような気も……）
　逞しい。腐女子の妄想力めっちゃ逞しい。
（いえ、でもさっき、響さんは島岡先生の胸を……はっ、二刀流ですか！？）
　――さすが剣道部……響蒼留人、恐ろしい子！
　最早、妄想が剣道という概念に頭を下げなくちゃいけないレベルに達している。
　これ、個人の感想です。あくまでも！　個人の！　感想です！
「って、どうしたんだ、マーガレット？　顔笑ってるぞ？」
「あら？　……ああいえ、お二人があまりに仲睦まじいものですから」
　かようが首を傾げるのに、マーガレットは柔らかな微笑を返した。嘘は言っていない。一方その頃、
「何だか寒気がする……濡れたせいか？」
　と、蒼留人は自身の腕を、何も知らずにさすっていたのだった。