圖書館ノ怪｜リアクション

圖書館ノ怪

　四

　飛行艇に這入つて未だ敵が見えぬと訝しんでゐると、海が隅で鞄を開き、ゴソゴソと何か細工を施してゐた。
「海、何やってるの？」
『ダイナマイト置いてる』
「そういや本編にあったね」
　と言ひつつも、円は筋書を思ひ返してゐた。ぼんやりとした記憶の中にそんなシーンがあつたやうな氣がしないでもないと思ふ。海の細工が終はつたその時、通路の陰に蒸氣スーツで武裝した男がチラリと見えた。
「いたね。相手になろうか」
　円が氣附いたと同時に、相手も侵入者の存在に氣附いたやうである。海を物陰に隱し、円は敵の振り上げた刀を、その頑健なスーツの力を借りながら受け流し懐に入る。さうして、蒸氣の壓力で力を増した拳を腹部に打ち込んだ。怯んだ敵の見せた隙を逃さず、ホースを引きちぎる。力なく倒れた敵の手から滑り落ちたピストルを、ブリジットがすかさず拾ひ上げた。
「グランパ仕込みの射撃を見せてあげるわ！」
　銃彈が円の背後に迫つてゐた敵のホースに穴を空ける。このやうにして三人娘敵を打ち拂ひ、通路を進み、姫が居た部屋の扉を破つた。這入つたその中では金髮の女性が眠るやうに倒れてゐる。
「この人かー」
「気絶してるわね。抱えていきましょ」
　円が姫を抱へたその時である。外で見張つてゐた海が部屋に入つてきて、走り書きした文字を二人に見せた。
『追手が来てる！』
「まずい！　急ごう！」
　海を列の眞ン中にして、三人は、否、四人は大慌てで通路を走つた。追手はピストルを殿の円に向けながら、何やら異國の言葉で叫んでゐる。意味は通じないが雰圍氣から罵り言葉であらうと推測できた。
「一度やってみたかったのよね、こういうの」
「ああ、なんかわかる」
　彈丸飛ぶ中、ブリジットがピストルで応戰しつつ口を開く。頷く円が近附いてきた敵を毆り倒しながら、彼女の聲に応じてゐた。出口はもう目前である。

　五

　飛行艇大きく傾き、今にも落ちようとしてゐた。四人は飛行艇の窓から飛び降り、屋根の上へと落ちる、落ちる。
『みんな気を付けて！』
　海が手の中に在るスヰッチを押すと、飛行艇に仕掛けられたダイナマイトが一齊に爆發した。その爆風に助けられ、四人は無事着地する。
「派手にやったわね、海」
「あーびっくりした」
　と言つて、二人は立ち上がる。横たへた姫君も瞼をぴくぴくと動かして起き上がつた。
『だいじょうぶ？』
　姫君はぼんやりとした頭を抱へ、困惑した儘三人を見て言ふ。
「わたくし、助かりましたの？」
「うん」
「追手は皆倒したわよ」
　身に降りかかる苦難を一先づ拔けたことがわかると、安心したやうで姫君の瞳から珠のやうな涙がぽろぽろとあふれて頬を濡らした。彼女は両の手を組んでぢつと三人を見る。
「何て御礼をしたら良いのかしら」
　さうしてゐると屋根の下から野太い大聲が響いた。ブリジットが屋根の下を見遣ると五尺程もあるかと思へるやうな白皙の大男が見えた。この大男、只姫樣、姫樣と云ひて、悲痛な聲で上へ叫んでゐる。姫君は屋根からひよつこりと顏を出して下の大男へ言ふ。
「この人たちがわたくしを助けてくだすッたの」
　姫君がかう云ふと大男の叫び聲が止んだ。姫君は三人娘の顏をそれぞれ見て、絹の手袋脱ぎ、その細い指に嵌つてゐたダイヤモンドの指環を拔きて円に渡す。
「こんなものしかあげられないのが残念ですわ」
『ありがとう』
　姫君と海が話してゐる隣で円は貰つたばかりの指環をぢつと見た。
「どのくらいの価値かな、これ」
「値がつかないかも」

　掛かつた梯子を下りて地に立つた四人は、別れを惜しみ乍ら握手を交はして、再会を約束しあつた。
「また会いましょ、私たち。それぢゃ、サヨナラ、サヨナラ！」
　迎えの車に乘つてからも、姫君はずっとずっと三人に手を振つてゐた。

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