或る貸本屋に書生の幽靈がゐるという話を聞いたのは、己が壹拾七の頃であつた。己はかう云ふ話を聞くのがいつとう好きだつたから、隣部屋のTと一しよに幽靈を見にいつた。
「おい」
寝子島図書館のテーブルの隅、
倉前 七瀬が呼び声にその顔を上げると、そこにはルームメイトの
千種 智也の姿があった。智也は呆れたような顔をして、七瀬の読んでいる本を覗き込んでいる。
「なんだこりゃ。何処にあったんだ、こんなの」
「さあ……?」
かくりと首を傾げる様に、智也はやれやれと思いながら溜息を吐いた。そして背表紙を見て、こう言う。
「田山徳二郎……? 聞いた事ねえな。有名な作家なのか」
「さあ……?」
二人がこんなやり取りを交わしていると、女子中学生の声が耳に入る。
「ほんとにあるの?」
「あるって、あるって! ここの書架にー……えーっと……なんだっけ、田中田太郎みたいな名前だよ」
「ないじゃん」
「あるんだって!」
「だいいち、それで明治時代? の日本に行けるなんて、信じられないよ」
「本当に行った人がいるんだって!」
「夢の話じゃないのー?」
お静かに。スタッフに注意されて、女子中学生は一時、そのお喋りを止めた。
「あっ、その席はいけないよお客さん」
「すみません」
鷺守 昴は慌ててその席から離れた。気分転換のつもりで寄った喫茶店、フランケンシュタインという物々しい名前からは想像できないような明るい店内の中で、その一角は妙な――としか言いようのない独特な雰囲気があった。昴は其れに惹かれてついつい近付いてしまったのである。
「予約が入ってるんですか」
「いいや。でもそこは指定席なんだ」
「常連さんの?」
「……まあ、そうなるな」
どこか含みのある言葉に昴が困惑していると、常連らしき中年の男たちが昴に話しかけてきた。
「その席に座るとな、幽霊の呪いにかかって夢ん中で体力を持ってかれるんだよ」
「前にふざけて座ったやつは暫く寝込んじまって、もう懲り懲りだっつって来なくなったんだぜ」
「そんなことが……」
「兄ちゃんも気ぃつけな!」
常連たちがそれぞれの話に戻った後、昴はもう一度その席を見る。話を聞いたせいか、その席の周囲はどんよりと暗い空気が流れているように感じた。
馬の嘶きで己は目を覺ます。慌てて道の端に寄ると、その橫を馬車が通り拔けていつた。馭者の怒鳴り聲が耳に痛い。しかし妙だ。ビルや電線がない。日本史の敎科書で見るやうな風景が廣がつてゐる。
「いったいこれは何の冗談だ」
とTが云つた。己とTは幽靈を見ることかなわず、そのまゝ寢臺で眠つたはずである。そのはずが、目覺めたときは此やうな有り樣で困惑するほかない。
「妙なとこに来てしもうたね」
「……また神魂か?」
隣の學生もさう云つて、町竝みをみてゐる。夢にしてはリアルである。いつたい如何してしまつたのだらう。己は途方に暮れた。
お世話になっております。六原紀伊です。
ガイドに登場してくださった倉前 七瀬様、千種 智也様、鷺守 昴様、ありがとうございました。
もしご参加されるようでしたら、ガイドの内容に捕らわれず自由にアクションを書いていただければと思います。
概要
とある幽霊のせいで異変が生じています。
事件の解決を目指す方は【現】、事件に関わらず夢の世界を楽しむ方は【夢】、主にどちらかひとつを選んでアクション冒頭に記してください。
両方選択することも出来ますが、それぞれでの描写がひとつだけ選んだ方に比べ少なくなります。
以下はPL情報です。
◆田山徳二郎
大正時代に生きていたらしい書生の幽霊です。
若くして亡くなってしまい、叶わなかった夢を諦めきれず今も彷徨っています。
現在どこにいるのか不明ですが、捜索は現実パートで行うことになります。夢の世界には現れません。
【現】選択の方は彼を探し出して、事件解決を目指しましょう。
自らの作った本を紛れ込ませて犠牲者を増やしています。
彼の本は図書館に限らず本の沢山あるところに置かれます。
戦闘力はなく、どちらかというと気弱な性格のため、倒すのは容易です。
彼の兄の子孫が寝子島のどこかにいるそうです。
◆夢の世界
田山徳二郎が書いた本の中の世界のようです。【夢】を選択した方の行動はこちらで描写されます。
田山徳二郎という人物が記した本に触れたり、彼に関わる場所に行ったりした後に眠りにつくと、迷い込みます。
明治~大正時代の日本のような世界です。
……が、どこかスチームパンクじみているところがあります。
携帯電話とコンピューターは使用できません。
現実の寝子大橋にあたる場所で渡橋賃を支払うことで、寝子島の外に行くことが出来ます。
渡橋賃は片道1銭5厘(150円)、往復で3銭(300円)です。
行先は自由ですが、遠くても現実の関東地方に収まる範囲まででお願いします。
夢の世界では時間経過ごとに体力が吸われてしまいます。長期間の滞在は危険です。
また、地の文が古めかしくなります。セリフはPC様のものに限り現代パートと同じ文体です。
◆余談:お金の単位
夢の中の描写ではお財布の中身や物のお値段の単位が円や銭や厘……となりますが、細かく考証すると計算が複雑になってしまうため、当シナリオにおいては
夢の中の1円=現実の1万円
夢の中の1銭=現実の100円
夢の中の1厘=現実の10円
というレートで統一します。アクションを書く際、リアクションを読む際は参考にしてください。