圖書館ノ怪｜リアクション

圖書館ノ怪

「あっ……！」

　書架を探る綾花の視線が、『寢子島綺譚』と題された本に留まる。見覚えのないそれを、綾花は早速手に取って表紙から装丁まで見分し始めた。

「この作品かも……！」

　田山徳二郎という文字列に目を通しながら、綾花は自らの記憶を辿って、これまで読んだ作品や、話題になった作家、授業で習った作品を思い返すも、そんな名前は聞いた事がないという結論に至る。

「うん……田山徳二郎という作者は知らないですね」

　蔵書検索サービスを使っても、ネットで検索してみても田山徳二郎という作家の同名の本は存在しないことに、綾花はこれが幽霊の本であるという確信を得た。綾花はその本を鞄に入れつつ、『寢子島綺譚』を見つけた本棚の周囲をきょろきょろと、古めかしい書生の姿を探すが、それらしき人物は見えない。

「今は別のところにいるのでしょうか……」

　そう呟きながら、綾花は次に電話帳を見た。寝子島に彼の子孫がいるかもしれないという推測のもと、田山という名前を探すが、中々見当たらない。窓の外の陽が西の方に寄ってきているのを見た綾花は、図書館を出て墓地へ向かった。

「シューくん、進捗どーうーでーすーかー」
「だめだな」

　電話帳から親族を探すという視点を持ったのは、綾花だけではない。修もまた、電話帳から同じ苗字の家を探すものの、それらしき名前は見つからなかった。修は電話帳を閉じて、美咲紀の肩に手を置く。美咲紀は田山徳二郎の著作から顔を上げて、修と目を合わせた。どうやって侵入したかはわからないが、寝子島高校の図書館にも彼の著作はあった。それを修が持ち出したのだが……。

「美咲紀、何かわかったか」
「寝子島を舞台にしたものがいくつかありますね」

　美咲紀が指し示したページを、修も覗き込む。印刷された文字の中に、寝子島らしき場所の描写がある。美咲紀は今開いている本を閉じ、本の山から別の本を開いて、暫く目を通してからあるページを修に見せた。

「これは私小説みたいですけど、兄が寝子島に移住する意思を見せている部分があります」
「なら兄の子孫がいるかもしれないな」

　今度は墓地の住所を探し始めようとしている修を、美咲紀が制止する。

「そちらも気になりますけど、ひとまず寝子島の古書店を巡りましょう」
「ああ」
「古書店なら地元で作った同人誌や自費出版で出した本を扱っている場合があるです」

　美咲紀は生前の作品を探すつもりらしい。修も手掛かりと否定する根拠がない以上、それを断る義理はない。美咲紀は本を置き、修を伴って外へ出た。

「へー。いろんなところに置いてあるんだなあ」

　古書店から出た白露は、一冊の本を透かし返し眺めつつ、田山徳二郎の足跡を辿るべく思考を巡らせたが、暫し経ってから肩を竦めた。さっぱり見当もつかない。白露はふっと息を吐いて言う。

「とりあえず寺の墓地にでも行ってみようかな」

　何かしら寝子島に縁ある人物であるならば、墓の一つでもあるかもしれない。墓参りに来る縁者に会えれば尚良い。賭けではあるが、白露はその足を墓地まで向けた。

　ねずの湯を右手に見ながら、白露は桜台墓地へ急いだ。そうしていると、図書館の方角から、寝子高の制服を着た少女が駆けてくる。綾花だ。

「おや？」
「あっ……」

　気さくに話しかけてきた白露に、綾花は思わず足を止めた。陰陽師のような風貌に、綾花は眉を顰めかけたが、申し訳なさそうに表情を緩める。白露はそれを気にせず、綾花の様子を伺っていたが、ふと綾花の手にある田山徳二郎の本に目が留まった。

「君もその本の作者を探しに？」

　白露は自分の持つ彼の本を袂から出して、綾花の警戒を緩めるように親し気に事情を説明する。そうして、方向が同じならばと口を開いた。

「一緒に行こうよ」
「そう……ですね」

　そう言われて綾花はひとまず警戒を緩めて、力を抜く。そうして白露と二人並んで、墓地への道を歩き始めた。

このページにイラストを設定する