回転寿司いこっ！｜リアクション

回転寿司いこっ！

　――とある平日、夕方（その３）

　同日。エレノア・エインズワースもまた、ねこ寿司を訪れていた。
　周囲の客の様子を観察しながら歩を進めていたエレノアは、
（――ああ、いい暇潰しの道具を見つけました）
　と、ある人物の姿を見留めて、口元に弧を描く。
　カウンター席にエレノアが見つけたのは、ひとりで寿司を食べに来たらしい犬杜初だ。
　するりと、エレノアは初の隣の席に腰を下ろした。
　初が先ずは、ちらほらと席が空いている中、敢えて自分の傍らに誰かが座ったことに驚いて、次いで、
「……何で、あんたがここに」
　という具合で、その相手がエレノアであることを確認し、殊更に渋い声を出す。
　口元に手を宛がって、エレノアは目元に歪んだ笑みを乗せた。
「おや、私が寿司を食べに来てはいけませんか？　貴女にそれを制限する権利があります？」
「……相変わらずね、あんた」
「そちらも相変わらず管理の楽そうな脳みそをお持ちのようで。あの異世界での一件以来ですね？」
　知らぬ仲ではないですし少し雑談しましょうよ、と、エレノアはレーンを回る皿へと手を伸ばす。
　そうして小皿に醤油を注ぎ、初の返事は待たずに喋り始めた。
「学校には行ってるんですか？」
「まあ、一応」
「それはそれは。寿司も……４皿目、ですか。高校生活、満喫しているみたいですね」
　警戒が滲む眼差し等なんのその、エレノアは鯛を口に運び、エンガワの皿を取る。
「本当に、充実した生活を送っているみたいで良かったですね？」
　――あれだけ翼獣を惨殺したことを忘れ果て日常を楽しめてるようで、実に良かったですね？
　言葉を重ねれば、初の顔に隠しようもない痛みの色が乗った。
　掠れた声が「……忘れてなんかいない」と紡ぐのを余所に、エレノアは寿司を口へ放る。
「ああ、そうだ、クローネがどうなったか知ってます？」
「知って……」
「あれ焼き鳥になったんですよ、豚のような悲鳴を上げた後にね。あの悲鳴は実に心地良かった」
　あの悲鳴ときたら、そりゃもう！　と、エレノアは興奮したように声を跳ねさせた。
　振るった手が初の湯呑みに当たって、カウンターの上にそれの転がる、乾いた音が響く。
　湯呑みの中身が、カウンターから滴って、初の制服を惨めに濡らした。
「おっと、すみませんね？　火傷は……していないみたいですね、残念ながら」
「あんた……さっきから、わざとやってるでしょ」
「何のことです？　ああ、貴女の酷い所業を剥き出しにした件ですか？」
　それともクローネの末路が気に食わなかったとか、とエレノアは囀りを零す。そして、
「ともあれ、湯呑みは片付けなくてはいけませんね。代わりに『注いで』あげますよ？」
　と、エレノアは新しい湯呑みを手に取って、初へと見目ばかりは麗しい笑みを向けた。
　初が、灰色の眼差しでエレノアを睨む。
「要らない。あんたと『液体』の組み合わせには、いい思い出がないから」
　自分で別の湯呑みを確保する初を前に、エレノアは、黙って肩を竦めてみせた。
「――では、私はそろそろ退場しましょうか。どうぞ、ごゆっくり」
　会計ボタンを押して、店員がやってくるのを待つ。
　奇妙な沈黙の中、初が、醤油をつけた寿司をぱくと口に運び――、
「っ……！　えほっ、かはっ！」
　不意に、盛大に噎せ返った。目尻には、涙が浮かんでいる。
　その様子を、エレノアはただ眺めていた。
　先ほど、湯呑みを《わざと》倒した時。
　初の注意が逸れた瞬間を狙って、エレノアは自分と相手の醤油皿を入れ替えていた。
　醤油はエレノアの意のままに瞬間接着剤――異物に変じ、今、初に口元を押さえさせている。
「……ちょろいんですよ、貴女程度の存在を転がすことなんてね」
　歌うような調子の声は、今の初の耳に届いたか、どうだったか。

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