ある誰かとの帰り道｜リアクション

ある誰かとの帰り道

昇降口で、千鳥雅人は鉛色の雲が広がった空を見上げた。
今日は朝から快晴のいい天気だった。けれども、放課後になると途端にぐずついて、あっという間に大雨になってしまったのだ。
雅人は傘を持ってきていた。今朝家を出る前に天気予報を確認していてよかったが、大雨の帰り道はあまり良い気分ではない。
（こういうのは嫌になっちゃうよねー……）
傘を開こうとして、雅人は少し離れたところで、雨を眺めている友人を見かけた。
（あそこにいるのはフィーナちゃん、かな？）
見間違いでなければ、同じ学年のフィーナ・シレンツィオだ。帰り支度をしていながら、雨を眺めているだけの姿は、どこか困っているようにも見えた。
（……声、掛けてみよっと）
雅人は、彼女に近づいた。

「備えのない時にこそ厄に見舞われる、とはよく言ったもんだな……」
フィーナは鉛色の空から降る雨を眺めていた。
「まさか折り畳み傘入れ忘れた日に限って土砂降りにあうなんて……しばらく止む気配もなさそうだしどうすっか……」
まさかこの大雨の中を走って帰るというわけにもいかず、どうしようかと思っていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「フィーナちゃん、どうしたのー？」
フィーナが声がした方を見ると、友人の雅人がいた。

（あー……傘、忘れちゃったんだねー）
傘を持っていないフィーナの様子から、雅人はそう察する。
傘が無くて帰れないでいるフィーナを、このまま放っておくわけにもいかない。
「フィーナちゃん、一緒の傘に入っていく？」
フィーナの隣で、雅人は自分の傘を指差した。
「いいのか？」
聞くと、雅人はにっこりと優しく笑った。
「駅までなら送っていくよ！　ほらほら、遠慮しないで！」
「ありがとう」
フィーナは雅人の好意に頷くと、差された傘に入った。

雅人とフィーナは２人並んで帰路を歩く。
あまり大きな傘ではないから、ちょっとくっつかないと濡れてしまいそうだ。
（フィーナちゃん、もっとこっちに寄って寄って～）
雅人はフィーナが濡れてしまわないよう、そっと肩を抱いて引き寄せる。
「……あれ、なんだか顔、赤くない……？」
フィーナの表情が赤く見えたのは気のせいだろうか。
「もしかして濡れて、風邪ひいちゃったとか……！？」
「……え、あ、大丈夫だぜ」
「……あ、違う……？　それならいいんだけど、本当に風邪ひいちゃわないように、しっかり入っててね！」
雅人は傘から少しはみ出していたが、それには気づかないふりをする。ただ、フィーナを濡らせまいと、彼女の様子に気を配っていた。

（ずっと駅に着かなければ）
雅人と同じ傘の下、何度そう思ったかわからない。
傘にしっかり入らないと濡れてしまう、けれどもこれ以上くっつくのも恥ずかしかった。
（もっとくっついていたい）
そんな気持ちが不思議とむらむらとこみ上げてきて、心の中で否定する。
（違う、ちがう、チガウ！）
こんなことを考えていたら、純粋な好意で傘に入れてくれた雅人に失礼ではないか。
悲しいけれど、雅人はたぶんフィーナのことは何とも思っていない。
それに、他に好きな人がいるかもしれない。
（あぁ、でもなんか、この瞬間がものすごく幸せに感じてるのも事実だな）
だから、ずっと駅に着かなければいい。
今このときは、雅人の隣はフィーナのものだから。
（って気持ちもあるけど……うぐぐぐぐ）
それでも気恥ずかしさで悶えてしまうフィーナだった。

駅に着いた。
雅人はフィーナに手を振って、にっこり笑顔で声を掛ける。
「それじゃ、またねー！」
フィーナは雅人を呼び止めようとした。けれども、特にいい言葉も見つからない。
だから、ちょっとだけ寂しげな表情をして、
「またなっ」
一言だけ告げて、雅人と別れた。

フィーナと別れて、雅人は空っぽになった隣を見た。
（……ずっと一緒に歩いてたから、1人になるとなんだか隣が寂しい感じ……）

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