それいけ蚤の市！～欲しい物は何ですか？～｜リアクション

それいけ蚤の市！～欲しい物は何ですか？～

　魔法の品の噂を耳にして、恵御納夏朝はチラシを手に蚤の市へ。
　市の賑わいを前に、柏手を打って、小声で零すその願いは。
「寝子島のフツウを維持・共存できる範囲で……」
　――僕と、別人格の夏夜ちゃんを……心身ともに分離・共存させて下さい！
　叶う範囲で、一時だけでもいいから、と夏朝はどこまでも真摯に祈った。
「妥協が入ったけど……よし！　僕のが無理でも、他の人の願いは叶う……よね？」
　そうして、夏朝は蚤の市の只中へと足を踏み入れる。
（欲しい物に巡り合える、っていう噂もあるんだよね……）
　素敵なものに巡り合えますように！　と、夏朝は気儘に市を回り始めた。
　間もなくして、偶然鉢合わせたのは犬杜一閃と犬杜初だ。
「あ、一閃さんに初ちゃん。えっと……お買い物、かな？」
「うい達、開催の準備のね、手伝いを任されてたの。今は、ほとんど自由時間だけど」
　初が、ちょっぴり誇らしげに答えた。
　その様子に仄かに目元を柔らかくして、
「そういえば……２人は、願い事とか、欲しい物はあるのかな？」
　問えば、初が不思議そうな顔になり、一閃の方は「ああ」と得心したように音を漏らす。
「あの噂か。どうだろうな。自分には縁がないかと、あまり真剣に考えていなかった」
「え、なに、何の話？」
　初が「ねえねえ！」と一閃の腕を引っ張るのを目に、夏朝はそっと声に想いを乗せた。
「一閃さんも、初ちゃんも……素敵なものに巡り合えるといいね」
「……お前にとっても、そうだといいな。何か、欲しい物があるのか？」
「え、僕？　僕の欲しい物は……」
　一閃に問われて、考える。
（フツウが守られる事、皆の平穏と安寧……不思議な事があっても、フツウが壊れず、皆楽しめて……）
　そこまで考えて、夏朝はふるふると首を横に振った。
「って、違う違うそうじゃない！」
「……？　どうした？」
「その……あ！　福や幸せを、皆に招いてくれる……例えば、白くて可愛いふわふわ招き猫さん、とか……！」
　若干しどろもどろになりながらも、夏朝がそう応じれば、
「……それって、例えばあんな感じの？」
　と、初がズラリと並ぶ骨董品の山の、その一角を眼差しで示した。
「って、いたー！？」
　そこに鎮座していたのは、夏朝が想像した通りの招き猫だった。
　本物の猫やぬいぐるみではないのに、毛並みの柔らかさを感じる出来の、愛らしい白い子猫。
「この子猫さんなら、机の上にも置ける……！　こ、この子下さいー！」
　良かったな、と一閃が仄かに口元を緩める。初が笑う。
　２人と別れて、夏朝はまた蚤の市をぶらぶらと巡った。
　古書のコーナーで出会ったのは、翼の生えた猫が描かれた１冊の本。
（目新しい情報はないけど、翼獣さん関連かな……？）
　なんて、真剣に中身を検めていると、
「あ、お姉さんの見てるそれ、なんか不思議な感じっすね」
　と、不意に後ろから声を掛けられた。
　振り返った夏朝へとにこにことして笑み掛けるのは、紗雪幽。
　彼もまた、蚤の市を訪れたひとりだ。
「ていうか、蚤の市って変な名前ですよね。蚤って虫の名前っすもんね？」
「ええっと……確か、古物市のことをそう呼ぶんだったような……」
「へー、成る程。それなら、骨董品だらけなのも納得っすね」
　いわくつきの骨董品とか見つからないかなー、と幽が朗らかに笑う。と、
「って、それ、５００円？　あ、あれもこれも……すげー！　大特価じゃないっすか！」
　これは色々見て回らないと、と、幽は夏朝に笑顔で手を振ると、その場を離れていった。
　賑やかな出会いに胸の内をそっとあたためて、夏朝は去っていく背中に思う。
（皆に、あの子に、色んな物に。これからも、素敵な日々が訪れますように）
　蚤の市で過ごした時間の温もりを、夏朝は戦利品と共に連れ帰った。

このページにイラストを設定する