ひどく狭い部屋の中に、巨大な人型の石像が三体。
　ご丁寧に部屋は柱で三分割されている。それぞれ行き来は可能だが、大規模魔法で吹き飛ばしたり、弓矢を使用することは難しい。
　おそらく一歩部屋に侵入すれば、石像の呪縛が解けて、守護者のゴーレムに変ずるのだろう。
　だが、部屋の構造からして、限られた人数の近接戦闘しかできない。
「正面突破しか、なさそうだな」
　この先に目当てのバンシーがいるのは明白。戦力は温存しなければならない。
　精鋭の力で、ゴーレムを粉砕する。
「話に聞いたことがある。一度戦ってみたいと思っていたよ」
　有無を言わさず蛇腹剣を構えるサキリ。
「チビファイターの実力を見せてやるぜ！」
　叫び声をあげる。
「サポートだっ！」
　メリィ、リリエル、それにプニ、シルヴィアとミーティアが拳を握る。
　小柄で非力な一同、離れて亮をサポートすることに決める。
「この階層には、探ることが多そうだ」
　ハルバードを片手に、駆け上がる修。
「――同行します」
　影のように付き従う月。
　弓矢部隊の一同は頷く。足手まといになりかねない。ここは他からの襲撃を警戒するにとどめる。
　一同が足を踏み入れた瞬間、像が光を放って、その姿を膨れ上がらせる。
　戦端が開かれた。

　サキリに対峙するのは、巨大に腹部を膨れ上がらせた、大柄のウォーターゴーレム。
　弓矢を獲物にする桜や悠月は、その姿を見て舌打ちする。
　水製ゴーレムの最大のアドバンテージは、その耐久力だ。
　つぶれても再生し、あらゆる打撃を吸収するその体は、決定的な打撃を与えることができない。
　サポートのため、前に出ようとする夏朝を、礼を言って控えてもらうサキリ。
　自分の戦略は、危険な賭け。他人を巻き込むわけにはいかない。
　万一、自分がしくじったら、後に続く人間も必要。
　華奢なサキリを、まるであざ笑うかのように見据える巨漢の水人形。
　遠慮呵責なく、サキリは蛇腹剣を構える。
　その全身から、緩やかに風が巻き起こっていく。
　――風が！
　――剣に、凝縮していくのです！
　同じく風の術法を駆使し、いくつもの難局を乗り越えてきた美咲紀とリリエルが声を上げる。
　応用範囲が広く、攻撃にも援護にも使える風。それゆえに使いこなすには知識と経験が必要。
　様々な局面に風の力を応用してきた、風の力の探求者の二人。
　その二人にして、サキリの風の力は予想不能、本当に驚愕せしめるものだった。
　――風の力を、蛇腹剣にまといつかせる。
　結合部に溝があり、特殊な細工のなされた蛇腹剣のフォルムは、風をまとって、まるで鋭いドリルのようになった。
　おおおぉぉぉ――おおおんん――。
　空気の渦が、異様な軋みを上げる。
　力づくで粉砕しようと突撃するゴーレムを躱し、サキリは腹部に蛇腹剣を食いこませる。
　回転する空気の渦が、激しく水を巻き上げる！
　ジェット噴射のような盛大な霧が巻き上がる。
　間断なく噴き上げる空気のエネルギーを一点に集中させれば、脆弱な素材の水は撥ね飛ばされる。空気の膜を絶えず作っておけば、相手の回復も起こらない。
　その冷静な瞳に、一瞬昂る光を宿らせて、サキリは蛇腹剣を押し込む。
　――弾けろ！
　極点で、サキリは風の力を一気に解放。
　千万の刃と化した風が、ウォーターゴーレムの内部から相手を斬り裂いた！
　盛大な水柱が、サキリの全身を濡らす。
　果敢な戦法、それを可能にする技の力が、巨漢を押しひしいだのだ。
　
　濡れた髪をかきあげて、サキリは周囲を見渡す。
　どうやら風の力を使いすぎたらしい。軽い倦怠が襲う。
　――他の様子はどうかな？


「がんばれー！　がんばれー！」
「～～！！」

　非戦闘員の声援を一身に受け、亮は獣戦士型のウォーターゴーレムと組みあう。
　素早くジャブを応酬し、すぐさま距離を取って炸裂イモを投げつける。
　同時にメリィが火球を投げつけ、俊敏な動きでゴーレムを翻弄。
　息のあったコンビネーションを見せる。
　
　先般の街路を進む経路で、炸裂イモは大分使用したが、準備周到な彼、それでもかなり余らせた。
　ここが正念場と、片端からイモを取り出し、ぶつけていく。
　衝撃は水に吸収され、あまり効果はない。それでも、突破口は作れる。
　細かな攻撃を蓄積し、相手の隙をこじ開ける。　
　
「今だ！　離れてくれ！」
　亮の声が響き渡る。
　慌てて退く獣人たち。
　走りこんだ亮は、右腕の雷神の腕輪の力を解放する。
　雷撃の力は、ウォーターゴーレムには必殺の技。
　だが、伝導効率によっては、周囲にも被害を及ぼす。
　仲間が周りにいるのは避けたい。
　自分に反動が返ってくるのは構わない。
　此方のダメージ、相手の反撃は考慮の外。
　ただこの一撃に全てを籠める。
　準備周到、あらゆる道具を持ち込む亮。だがいざとなれば、それらを使い切ること、捨てることも躊躇しない。
　最後に頼りになるのは、自分の肉体のみ。
　鍛えぬいた拳だけが、答えを知っている。
　正面突破。
　獣人の懐に突進し、わき腹めがけ、渾身のストレートを放つ。
　ドォオン！
　水の塊ですら弾き返せぬ衝撃がゴーレムを襲う。
　大きく痙攣し、そしてゴーレムは形をくずして、水に変じた。
　

「どっせえええいいい！！！」
　美咲紀の杖の先から巻き起こる風が、ゴーレムの動きを押しとどめる。
　手足の異様に長いゴーレムは、バランスを崩しながら歩行してくる。
　その手足を鞭のようにしならせ、予想不能な攻撃を仕掛けてくる。
　美咲紀はその脚部に風の力を集中させる。
　水分子は運動が盛んで、伝導性が高い。
　波動が全身に伝わり、動きが減速される。
　思惑があたり笑顔になる美咲紀。だがその額に汗がにじむ。
　相手の動きは素早く、予想不可能。常に間断なく星の力を発動し、足止めをしなければならない。
　――私の相手ではありませんね。
　特性を見抜いた月、後衛に控える。
　非力な上に、刃物系の武器は効果は薄い。即席モーニングスターでは限界がある。
　変わって前にでた修、ハルバードに炎の力を宿す。
　突進を試みる相手に、遠心力を利用して強打。
　先ほど骸骨を破壊したように、振り回して破壊することはできない。
　それでも――。
「ようするに、物理学さ」
　勢いと反動を最も生み出せる支点の場所を即座に算出し、相手の腕を撥ね飛ばす。
　突き、薙ぎ払い、最適な攻撃方法を考察。
　理系の知識に通じた、修のトリッキーな攻撃。
　翻弄され、思うように動けないゴーレムが焦れる。
　全身を大きくたわめ、奇怪な姿勢で跳躍する。
　――それを待っていた！
　腰をかがめ、敵をいなし、修はハルバードの穂先に炎を燃やす。
　――そこだ！
　捧げ持つように槍を構えた修が、額の部分を抉り取るように直撃する。
　ゴーレムを使役するのは、刻み込まれた特殊な文字。
　このゴーレムが同じ機構かどうかはわからないが、必ず動力の中心があるはず。
　額にそれがあると読んだ修、そこへの攻撃に全力を集中させたのだ。
　それまでのダメージの蓄積と、美咲紀の動きを抑え込む妨害があったからこそ、急所に過たず打ち込めた。
　一瞬で水に変じるゴーレム。
　
　三者三様、それぞれのやり口で、ゴーレムを撃破。
　あとに残るは、バンシーのみ。
　
　――。
　
　細く長い階段が紡錘形に収斂してゆき、その丁度最上部に扉がある。
　おそらくは、あそこが最上部。
　一同、顔を見合わせ、扉を開くと――。