【星幽塔】第二階層　廃墟に哭く声｜リアクション

【星幽塔】第二階層　廃墟に哭く声

　天を突くような、壮麗な音響が天を衝く。
　古代の旋法による、厳粛なルールにのっとった聖歌。
　完璧なテクニックによる鎮魂歌。
　
　中世において、聖歌隊は法皇の所有物であり択ばれし者だけのものだった。
　カント・アンジェリコ。
　天使の歌声と称される合唱は、性徴を迎えぬ清らかな少年のみに許されていた。
　人と人ならざる者、天使の残酷とうつしよの恩寵の狭間を、歌声のみが行き交う。
　
　厳密な技法に追いすがる声が二つ。
　声楽を厳密に学び、さまざまな場で歌い続けてきたみつび。
　神社で祝詞を唱えたこともある。ハレの場で歌うという、またとない経験をいくつも積んでいる。
　事前にいくつもの可能性を考えていた彼女。咄嗟に反応した。
「アカペラと、どっちがいいかな」

　同じく繊細極まりない対位法を生み出すのはミーティア。
　幼い外見に合わぬ、５００年の寿命を閲した彼女。
　知識も、技術も卓絶したものを持ち合わせていた。
　
　旋律が旋律を追いかけ、天に満ち、地に落ちる。
　完璧なフーガの技法。

　さらに重なる声がある。
　みつび、ミーティアのハーモニーにも、声が唱和する。
　彼らの歌は超絶技巧。天賦の才能に、すさまじい修練が必要。
　これ以上重ね合わせるには、彼らと同等の技量が無くてはならない。
　
　もしくは「彼ら自身」でなければならい。

　
　「録音機能？！」
　
　nyaphoneを構える八神修が笑う。
　携帯電話の使用できない星幽塔だが、その機能は存在していた。
　録音した声を、さらに重ねる。
　それをさらに録音し、さらに重ねる。
　機械技術なくしてはあり得ない、何十万人の聖歌隊によるコーラス。
　美咲紀とリリエルの風の力が、それを増幅していた。
　
　何度でも何度でも、声を枯らすことなく歌い続けることができる。
「それは俺が自由に動けることも意味する！」
　修はバンシーの足元に、最大火力の炎を叩きつける！
「劫火弾」により、床に大穴が開かれる。
　宙に浮かび上がるバンシーに、さらに火球を打ち込む。
　ゴーストは炎の幕で遮断。
　炎で相手を追い込むと、そこに由紀奈の弓とサキリの剣、そして亮の拳が殺到する。
　桜の弓はあくまで冷静。これまでのアンデッドの状況から、弱点を確認し矢を放つ。
「水路橋は私たちが守るんだ！」
　メリィの猛々しい咆哮があがる。
　
　
　壮麗なグレゴリオ聖歌に合わせ、剣戟と弓矢の嵐が巻き起こる。
　火球がドラムロールとなり、弓弦の高鳴りはビブラートを奏でる。
　治癒の白い光さえ、ここでは武器。
　さかしまなり、かの戦場。
　不協和音と破壊のシンフォニー。その中を駆け巡る聖歌の唸り。

　そのさなか、敵を翻弄するように跳躍する二つの影。月とシルヴィア。
　明と暗、二人のダンサーが交錯する旋律の中を駆け巡る。華麗で玄妙なステップ。
　
　身を捩り、絶叫をやめないバンシー。
　その姿をじっと見つめる修。
　
　ゴーストの正体を、霊気の複合体と見ていた彼、バンシーもそうである可能性を見ていた。
　凶暴でありながら、少女のような弱弱しさもあるバンシーの性格は、いくつかの要素のまとまりない合一。
　死者を悼むバンシーの思いに、影の力が付け入り、その力を増幅させたのだろう。
　まずは力で影の力をねじ伏せ、バンシーの知性を枷から解き放つ。
　歌声が、彼女を死の呪縛から解き放つ。
　そうすれば……。
　

　「――何を嘆くのだ、バンシーよ」
　修の声が朗々と響き渡った。
　
　「原因を解決すれば、消えてくれるのか？」
　
　
　一瞬、虚脱したような顔をするバンシー。