【星幽塔】第二階層　廃墟に哭く声｜リアクション

【星幽塔】第二階層　廃墟に哭く声

「はあっ！」
　美咲紀の治癒の力が、骸骨たちを一気に浄化する。
　艶やかな純白のフリージアが、美咲紀の手の中で煌いた。
　美咲紀のろっこん『舞花の祈り』。
　花を手に舞うことで発動される治癒の力を持つろっこん。
　星の力同様、アンデッドに大きな効果がある。
　美咲紀自身の、生命に対する歓喜の念ややさしさが、その力を増幅させていた。
「フリージア、花言葉は『信頼』なのです！」
「花の色ごとにも花言葉があるな……白は『あどけなさ』か」
　修の言葉に、美咲紀が笑う。

　船端に、骸骨の手がかかった。
　ぎしりと船体が揺れる。
　水柱とともに、跳ね上がる巨大な骸骨。
　眼窩のない目元が修と美咲紀をにらみ、歪むはずのない口元が嗜虐の笑いを浮かべる。
　戦慄する二人の前に、さっと月が立ちはだかる。
　異形の化け物に、これっぱかりも動じる気配なし。
　逆手に構えたコンバットナイフが、月光をたくわえてキラリと光る。
「私は、こちらに専念します。
　――実体のない相手はできないので。そちらは対処をお願いします」
　いうが早いか、船端を蹴って跳躍。軽々と巨大骸骨の頭部を越える。
　まどかな月を背に、孤影が揺らめく。
　放たれる銀泉。数条のダガーが骸骨の頭部に激突。
　グラリと傾ぐ。だが、決定打になりうるはずはない。
　あざ笑うかのように巨大な頭が持ち上げられる。その眼前に、黒衣の少女。
　右手に光る、稠密な細工の香水瓶。
　無音のまま放り投げたそれが、骸骨の顎部に飲み込まれる。
　ドォン！
　大音響を立てて、骸骨が粉砕される。
　テルミツ唐辛子を香水瓶に詰めて作った、手製の火薬瓶。
　残骸ごと、水面に落下する少女。
　すぐさま襲い掛かるゴーストを、修はボートを操作しつつ、火の魔法で追い払っていく。
　手にした方天戟で水路の胸壁を叩き、進路を強引に移動させる。
　気づかわし気な修と美咲紀に、軽く手を挙げて答え、月は街区に跳躍。
　わらわらと集まってくるスケルトンに、石に鋼糸を結び付けて作った即席のモーニングスターを頬り投げる。
　骸骨の足に絡みつき、まとめて粉砕していく。
　ボートを向けた修と美咲紀の魔法がゴーストを払うまで、月は骸骨を指一本触れさせずに破壊しつくした。
　彼女に珍しい打撃武器を、見事に使いこなした戦い。
　だが、その表情は何か訝し気だ。

「どうした？」
　遠心力を利用し、片端から骸骨を粉砕する修。
「妙ですね。手ごたえがない――いや、ありすぎです」
　目を眇めて、月が呟く。
「ありすぎ、ですです？」
「手ごたえがありすぎる、か……」修がじっと沈黙する。「確かに何か、化け物というよりゲームのエフェクトじみていたな」
「誰かの仕掛けた罠なのでしょうか？」
「いや、幽霊は幽霊であると思う。ただ、何者かの手が加わっているというか――そう……」
　
「『蠱物』っていう表現が、ぴったりくるね」
　いつから現れたのか、みつびが濡れた髪を一振りし、船べりに首をにょっきり突き出している。
「ご無事でしたか！」
　美咲紀は笑顔で、みつびを迎える。
「『蠱物』か――」
　修は頷く。
　水路橋基底部で実際に水中で幽霊と遭遇し、みつびの疑いは確信に変わった。
　壺に閉じ込めた虫は負のエナジーをため込み、それをもってかつてはまじないの種にしていたという。
　巫女でもあるみつびは、そのあたりに詳しい。
「人工的に増幅された、化け物たちか……」
「何の目的、なのでしょうか？」
　美咲紀の問いに、月は瞳をきらめかす。
　是非もなし、斬るばかり――とでもいうように。
　　
　――彼らの眼前の霧が晴れ、巨大な時計塔が姿を現した。