何色バスタイム｜リアクション

何色バスタイム

■仄かなイランイラン

　星ヶ丘からシーサイドタウンへ向かう寝子電に揺られている御巫時子の両手には、大きめの鞄が握られている。
　休日だけれどどうしようかと買い足す物は無いか、日本家屋のような寮自室内を見て回っていて、ふと檜風呂に目を向けた時。
　――　いつも夜ここに浸かるのが大好きですけれど……そういえば最近ねずの湯へ行っていないですね……。
　そう思い立てば、吉日に促されるようにして着替えを詰めて銭湯へ足を向けていたのである。

　ねずの湯に着いて、女湯の暖簾をくぐった先で番台さんが時子を見つけて嬉しそうに挨拶をしてくれた。

「お久しぶりです……」

　はにかんで会釈をしながら、慣れた手つきで入浴料を払い中へ進む。
　以前から時折訪れていた時子の顔を、番台さんを始め常連のおばさまたちも覚えていたようで。
　脱衣している間にちょこちょこと話し掛けられれば、『こんにちわ……』『すっかり暖かくなってきましたね』なんてほんわかと会話を返す。
　みつあみを解いたところで、一度ぱちんっとバレッタを外した。
　小鳥と花が彫られたカメオの部分を無意識にひと撫でしてから、大切そうにそっと畳んだ服の上へのせ。
　代わりに、お湯がかかっても大丈夫な別の髪留めで長い髪をアップにする。

　持参したシャンプーやタオルを持って、カラリとドアを開け銭湯内へ足を踏み入れた。
　マシュマロのように柔らかそうな色白な肌の上に、たわわに実った形の良い桃を携える時子のスタイルは、同性の目も惹く美しさがある。
　そんな視線たちにはさっぱり気付かないまま、時子はいそいそと洗面台の方へ腰かけて。
　――　あ……椿油を忘れました、ね……。
　ゆったり思考で一瞬手を止めるも、寮に戻ったらちゃんとお手入れしましょうかと、再び手を動かし始めた。
　しなやかな黒髪から泡を落とせば艶やかな光を纏って、全身の泡を流せば上気した肌が淡い牡丹色に色づいて、愛らしさに色気を醸し出す。
　やっぱり集まる視線たちには気付かずに、足先からゆっくりと湯船に浸かった時子の唇から吐息が漏れた。
　銭湯らしい大きな富士山の絵を見上げて伸びをした姿から、ようやく年相応な愛嬌が垣間見えたり。

「気持ちいいですね……湯加減も丁度良いです……」

　細めた目で湯気を追っていてふと、あちらは寝子高方面でしょうかと考える。
　そうすると自然と次に浮かぶのは愛しい男性の姿。
　――　学校から近い場所ですし、尚輝先生も銭湯を利用されてるのでしょうか？
　いつだって優しく接してくれる。
　瞼を閉じて浮かんだ姿だけで、心満たされ頬が綻んだ。
　先日購入した一輪のチューリップ。
　まだ言葉にすることは出来ないけれど、秘めた想いを込めるくらいはと選んだそれと同じ色の唇が、綻びから一転少しきゅっと強く結ばれる。
　優しくしてくれる。自分にも、他の人にも、分け隔てなく。
　あの優しい微笑みが違う人に向けられている姿がふいに浮かべば、溜息をついて肩に湯をかける。
　想い悩む姿はより大人っぽさを際立たせ、後ろ姿は見返り美人の如く。
　――　卒業するまでは、せめて私自身を磨いていきしょう……。
　時折胸に陰りが落ちても、話を聞いてくれる小鳥さんたちから元気をもらって、日々時子も己の気持ちへ芯を通す。
　ちゃぱんっ、と音を立て立ち上がった姿はどこまでも凛としていた。

「……ふ。冷たくて美味しいですね」

　湯上りにオススメよ☆、と以前来た際に常連さんから教えてもらったことを思い出し。
　着替えをすませ乾かした黒髪を背中に下ろしたまま、時子は両手で口元に持ち上げていた瓶を下ろした。
　湯浴み中の雰囲気もすっかりいつもの、おっとりとしたものへと戻って。
　――　明日はあのお写真を先生に見せましょうか……。
　春の花々とヒヨドリを撮った写真を思い起こせば、自然とその表情は花開くように鮮やかに微笑まれた。