何色バスタイム｜リアクション

何色バスタイム

■ゼラニウムの平穏

　月に向かって吠える狼、もとい月明りの下でみゃうみゃう鳴いて戯れる猫たちを、微笑ましそうに横目で見ながら。
三折部朝衣が旧市街の自宅にようやく帰宅したのは、２１時を過ぎた頃。
　本日は金曜日。花と呼ぶ曜日であり、特に朝衣のような公務員にとってはようやく年度末という名の繁忙期を終え、後に回した残務処理も落ち着いては久しぶりに羽を伸ばせる定時上がり。
　――　懐かしい友達と楽しく遊んで、美味しい物も食べて、後は汗を流すだけね。
　先日、役場職員で花見をした際にたまたま高校の同級生と再会した朝衣。
　その時に聞いた連絡先へと早速かけて、今日の仕事上がりにシーサイドタウンで遊ぶ約束をしたのであった。

　大分満たされた時間を過ごせば、最後の締めとばかりに自宅浴室前の脱衣所で、武装を解くかの如く豪快に衣服を脱ぎ去れば、一糸纏わぬ解放感を素肌に感じる。
　そうしてシャワーの栓をひねって全身を軽く温めた後、湯船へ肩まで一気に浸かった。
　――　……疲れた身体に熱いお湯の感触って最高よね。
　疲れた筋肉たちを余すことなく包み込む湯の感触、かき混ぜるように中で手を動かすと感じる温もりの抵抗圧、全てが自分を労ってくれているようで、朝衣の薄桃色の口元から艶めかしい声音が思わずもれた。
　毛穴から内側の疲労も流れ出ているような気さえすれば、今にもトプンと沈みそうな程まで身体から力を抜いていく。
　この独特の脱力感も心地よくて、しばし緩みきった筋肉たちに湯の中を堪能させた。

　女性の中では高身長に位置する朝衣の、スラリと伸びた足が浴槽から上がる。
　無意識に鼻歌を口ずさみながら、髪とボディ兼用のソープを丹念に泡立て頭のてっぺんからつま先までを、丁寧に洗い込んで。
　もこもこした泡たちを、手のひらに乗せ顔に近づけフローラルな花の香りを楽しんだ後。
　花びら舞わせるかのようにフゥッと息を吹きかけ散らせたり。
　洗い上げに満足すれば、洗面器で湯をすくって頭からさっと洗い流し、次に胸から下腹部、足の順。
　最後にシャワーの勢いで頭から全身まで泡を残さず洗い流した後、再び湯船に戻った。

　――　こんなにゆっくりお風呂を楽しむのは久しぶり……。
　熱く沁み渡る感触を楽しみながら、朝衣はぼんやりと湯気が集まる天井を見つめた。
　繁忙期も勿論毎日お風呂には入っていた。
　１時間かけて身体を洗ったりもしていた。
　しかし、気持ち的ゆとりなどまるで無かったからか、体感的に感じる時間はあまりに早く過ぎ去って。
　楽しむ気分などろくに湧いていなかったなと、改めて思う。
　ようやく先日の休暇で、波乗りをしたり母校の後輩に会ったり、今日とて仕事上がりに友人と遊んだりと、時間を有効活用出来る余裕が出てきたけれど。
　こうして一人の時間に意識して癒しを感じるのは、本当に久しぶりだったのだと気付いた。
　――　忙しいと夢にまで書類が現れる始末だもの。
　可笑しそうに目を細めた朝衣の表情は、すっかり疲れの色も消えたとろけるような穏やかな笑顔となっていた。
　今日はよく眠れそう。
　良い夢も見れそうかしら、と期待に胸を躍らせ湯と戯れるのだった。