pain　夢の中で｜リアクション

pain　夢の中で

　今夜も、朝鳥さゆるは見知らぬ男の腕の中で眠る。
　彼女にとって自傷的ともいえる行きずりの相手との営み。そして疲れ切って泥のように混濁した眠りの中に身を沈めることが、目覚めて見る夢の毒素から心身を守る唯一の手段なのだ。
　だから今夜も爛れた快楽に自らを追い立て、気を失うように眠った。
　何時間かの夢を見ない眠りが、彼女の救いだったのだ。
　それなのに。
　一度開いてしまった心の奥底の扉は、容易に彼女を残酷な悪夢へと誘っていく―――。

【朝鳥さゆるの夢】

　混濁した意識が霧が晴れたように唐突にクリアになった。
　やはり自分は服を着ていなかったが、ここは今日の相手と転がり込んだホテルの部屋ではなかった。
　何もない……生活することは目的ではないような壁ばかりが目立つ部屋。薄暗く、空気はべっとりと温く、時が澱んでいるようだった。
　昼も夜も分からない。しかし、家主はそれで良かったのだろう。時が分かることなどではなかったのだから、家主の目的は。
　人の汗臭い体臭がこびりついて離れない部屋のドアが開き、空気が動く。ドアから現れた人影を見て、あたしはベッドの上で絶望した。
　また、あの人が来たのだ。

　血走った目でその欲情を微塵も隠すことなく、この人はあたしを舐めるように見るのだ。
　両親を亡くし莫大な遺産が転がり込んだあたしに、巧妙にこの人は叔父を称して近付いてきた。実はあたしは朝鳥家に養子に出されていて……とても複雑な事情を抱えていたのだ。
　この人の目的はあたしの手に渡った財産だったのか、それともあたしだったのか。あたしはこの地下室に閉じ込められ、永遠を感じ続けていた。
　時間とは終わりがあるから感じるもので、終わりがなければただの永遠だ。この部屋には永遠しかなかったのだ。
　その後遺症は今も時間感覚の変調という形で心に残っている。今も心にこびりつく鈍痛。
　閉じられた部屋の中で、あたしは魂をも汚され続けていた。痛いのだ、心も体も。しかしそれすら麻痺させないと、あたしはこの時間をやり過ごせないのだ。

　しかしこの悪夢の終わりは唐突に訪れた。
　この暗い部屋に鈍く光るナイフが振り下ろされたのだ。それが見えた時、自分が殺されるのかと思った。ようやく、この狂った時から魂が解放されるのかと思った。
　だが、違っていた。
　あたしは殺されずに、この永遠は終わった。あたしにとって最愛の人が、この部屋の時を切り裂き、動かしてくれたのだ。それは……あの叔父の息子。
　しかし、これは終わりではなかった。これは、あたしにとって本当の苦しみの始まりでしかなかったのだ。

　叔父もあの人もいなくなった何もない空間で、あたしはあたしと向かい合っていた。
　あたしは暗い瞳であたしを見ている。何がいけなかったのいうのだろう。叔父が狂ったのはあたしのせいか。そして……あの人も。
　そしてあたしは知っている。あたしはこの身に、あの２人を凌駕する化け物のような狂気を孕んでいることを―――。

　さゆるは真っ暗な激痛で目が覚めた。
　恐怖で速くなる呼吸のまま周囲を見れば、そこは１人取り残されたホテルの部屋。
　さゆるは乱れたベッドで、独り自分の内を見続けていた。
　身籠もってしまった恐ろしい狂気を。

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