時には寝子島の外で｜リアクション

時には寝子島の外で

○横浜　神奈川県高等学校バスケットボール選手権春季大会
　
　羽生碧南は、バスケット部の県春季大会の決勝で横浜の体育館を訪れていました。
「横浜へは何度か来ているけど、さすがに決勝戦は緊張するなー……」
　この試合で勝利すれば、６月の関東大会への出場権を得られる大事な試合です。
（それに今日、負けられない相手がいる）
　その時、向うからちょうど対戦相手の木天蓼女学院高校の生徒たちが姿を現しました。
　木天蓼女学院は文武両道を校訓に掲げる名門で、寝子島高校女子バスケット部とは長年に渡ってライバル関係にあります。
　背の高い選手たちの中でも、逢坂和葉の姿はすぐに目に入りました。
「今日は負けないわよ」
　和葉のいつも涼し気な目の中には、熱い闘志が燃えていました。
「こっちだって負けないわ！」
　その闘志は、自分の瞳の中にも燃えているんだろうな、と碧南は思います。
　中学時代からの個人的なライバルである和葉は、１８０ｃｍの長身である碧南を、さらに５ｃｍ程上回る身長。
　全てのポジションをこなす有能なユーティリティープレイヤーでもある彼女は美貌も併せ持ち、碧南は胸のうちで『リアル二次元ヒロイン』と呼んでいます。
　前回の練習試合では接戦の末、寝子島高校が勝利したため、今日はリベンジを果たそうという気持ちも強いことでしょう。
（でも、こっちだって負けられない！）
　普段はのんびりおっとりしている碧南ですが、戦う女のスイッチが入りました。
　
　体育館には大勢の観客が詰めかけていました。
　緊張はしますが、スイッチが入った碧南にはむしろ気合が入る状況です。
　ウォーミングアップを始めると、ボールが床に弾む音、シューズのキュキュッと鳴る音が気持ちを落ち着かせてくれます。
（よし、いける）
　そして、いよいよ試合開始。
「「お願いします！」」
　ホイッスルの音と共に、ジャンプボール。
　ボールを待ち構えていたスモールフォワードの碧南が、すかさずキャッチして攻めます。
「ナイスシュート！」
　見事得点を上げたものの、敵もおとなしくしてはいません。
　こちらがポイントすれば敵もすかさず得点しかえす、一進一退の攻防となりました。
「パス！」　
　目まぐるしくボールの支配権が変わります。
　手のうちはわかりあっているだけに、碧南のフェイントの逆をついて和葉にボールを奪われたり。
　逆に和葉のパスコースに走り込んだ碧南がパスカットしたり。
　息詰まるような攻防が果てしなく続くかに思われ、それとともに二人の戦いもヒートアップしていきました。

　最終ピリオドに至っても同点のまま、残り時間は２０秒となりました。
（このまま延長戦？　ううん、まだチャンスはあるわ）　
　ボールが和葉の手に渡るのを見た碧南は、それを阻もうとして手を伸ばしました。
　しかし、足を滑らせて僅かにバランスが崩れ……
　態勢を立て直そうとするも間にあわない碧南を尻目に、そのまま和葉はシュートを放ちました。
　ボールが綺麗にゴールへ吸い込まれていくのを、何もできないまま碧南は見ていました。
　次の瞬間、鳴り響くゲームセットのブザー。
　木天蓼女学院サイドから歓声が巻き起こります。

　碧南は、呆然と立ち尽くしていました。
　しかし近づいてきた和葉に気づき、笑顔を向けました。
　言うべき言葉があったのです。　
「……和葉、思いっきり楽しんできて」　
　届かなかった関東大会への思いを乗せた、精いっぱいの応援の言葉。
「……ええ。碧南の分まで！」
　和葉も、いい笑顔で手を伸ばしてきたのでした。

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