時には寝子島の外で｜リアクション

時には寝子島の外で

○東京　ダンススタジオ

　気難しそうな雰囲気をまとった鋭い眼光の男が、東京のダンススタジオのドアを開けました。
　アイドルたちが出入りする場所ですが、５２歳の岡瀬靖久は違和感なくしっくりと馴染んでいます。
　寝子島で小さなダンス教室を気ままに行っている靖久は、かつては有名ダンサーとして東京の大舞台で喝采を欲しいままにしていたのでした。
　今日は友人に男性アイドルグループの振り付けを頼まれ、久し振りに東京へやってきました。

「やあ、待ってたよ。何か飲むか？」
　当時の仲間であり、有名プロデューサーとなった友人が迎えてくれました。
「いや、すぐに始める」
　不機嫌そうな表情のまま荷物を置き、飄々と靖久は言います。
「岡瀬さん？！」
「えっ、あの伝説の？！」
（なんか怖そうだね……）
　スタジオにざわめきが起こります。
　今回靖久が指導するのは、人気上昇中の男性アイドルグループ『Ｓｅｘｙ　ＣＡＴＳ』。
　若いアイドルたちは、伝説のダンサーとも言われる靖久を前に目を輝かせたり丸くしたり。

　靖久が上着を脱ぐと、引き締まった筋肉質の体の線が露わになりました。
　シューズを履き替えた靖久は『Ｓｅｘｙ　ＣＡＴＳ』のメンバーたちの前に進み出ました。
　紹介の後メンバーたちが、揃って頭を下げます。
「よろしくお願いします！」
「岡瀬です。一回僕が踊ってみるんで、雰囲気掴んでください」
　音楽が流れ、靖久が踊り始めると場の空気は一変しました。
　その場を一気に支配する迫力と表現力に、誰もが釘付けになりました。
　五十代とは思えないその動きは、キレッキレかつクールなものでした。
（すげえ……！）
（なんてステップだ）
　回りから感嘆と尊敬の眼差しを浴びつつ、息も切らさず踊り終えた靖久に、拍手が湧き上がりました。
　拍手が止まるころ靖久は口を開きました。
「まぁ、自分なりにアレンジしちゃってください」
「……はい！」
「がんばります！」
　『Ｓｅｘｙ　ＣＡＴＳ』たちの目の色も変わりました。
（俺もあんな風に踊れたら……いや、踊ってみせる！）
　丁寧に振り付けを教える靖久は不機嫌に見えましたが、もともとこういう顔なのです。
「今のところ、凄くいいね」
「ありがとうございます！」
　素直に褒められ、リーダーは嬉しそうな笑顔になりました。
　メンバーにも靖久の気持ちが伝わったようです。
（すごい！　僕もほめられたい！）
　アイドルたちの練習にも熱が入ります。
　　
「１０分間休憩にしましょう」
　アイドルたちの気力が途切れたのを見て取って、靖久は言いました。
　休憩中も不機嫌そうな靖久の様子を遠巻きにして、アイドルたちは囁きます。
「まだ怖い顔してる……僕、ちゃんと踊れてるかな？」
「さっきほめてもらったろ？　大丈夫だと思うぜ」
　しかし、靖久の頭を占めているのは……
（……奥さんと娘に、お土産何買おうかな……高校生ともなると何が好きなのか……流行りのスイーツとか？）
　家族ラヴなお父さんなのでした。

「それじゃ、一度音楽に合わせてみよう」
　曲に合わせて踊る彼らを見て、靖久は途中で手を叩きます。　
「ちょっと今の、曲のこのタイミングで、こうステップ」
　若い男子に負けないリズム感、脚の高さで手本を見せます。
「もう一度」

　靖久はその後も、限られた時間で精一杯アイドルたちに彼の持つ技術を教え終わりました。
　最後に通してのダンスを見た友人は、靖久に笑顔を向けました。
「お疲れさん。いやあ見違えるように良くなった、助かったよ」
「役に立てたなら良かった」
　相変わらず飄々と靖久は答えます。
「こっちで振り付けに専念したら？」
　と友人は言いますが。
「奥さんと娘が寝子島気に入ってるから」
　と笑み、即答する靖久でした。
「惜しいねえ」
　残念そうな友人とアイドルたちに、靖久は別れを告げるのでした。
　

このページにイラストを設定する