●そして始まる日々の中で●



『月曜きたーーーーーー』
『うええええええええええやだああああああああああああああ』
『そんなに嫌ったら、月曜さんがかわいそうだよ！！』
　日付が変わった瞬間、恒例の応酬がねこったーのタイムライン上に流れていった。




　早朝。
　清々しくひんやりとした空気の中、天野は牛乳配達のバイトに勤しんでいた。
（そういえば、あの通りで……）
　次第に日が昇り、朝から元気な太陽に照らされながらキャットロードに差し掛かると、ふと以前ネットカフェの前で垣間見た少女の事を思い出す。
（彼女、そうだったのかな）
　天野の視界で、茶色の髪をアップに、お団子に纏めたちょっと可愛い系の少女が微笑んでいる。
（そうそう、こんな感じの……）
「……って、え？」
　CDショップの格子状のシャッターの向こうに見える、窓の外に向けて張り出されたアイドルのポスター。
　同じ年頃の同じような衣装を着た少女たちの片隅に、彼女はいた。
　グループ名と思しきロゴには『DOG110』と記されている。
「芸能人だったのか……」
　どおりで、この手のものに興味のない天野でも、うっすら見た事があると感じた訳だ。
　尤も、寝子島高校にはモデルやグラビアアイドルの同級生もいるし、彼にとっては取り立てて超レアな存在という訳でもないけれど。
　そこへ走ってくる、巨漢の姿が見えた。
「はぁはぁ。あ～、逆巻君だ……はぁはぁ。おはよう、はすはす」
　息を切らしながら背負ったリュックから伸びたイヤホンを外したのは、天野も暮らす猫鳴館の住人で同級生の――確か西田とかいう男子だった筈だ。
　筋金入りのアイドルオタクで、桜花寮に入る筈が預かった寮費を趣味に使い込んでしまい、こっそり猫鳴館に移ってしまった剛の者だ。
「西田って毎朝走ってるの？」
「ふひー……う、うん。好きな子に握手して貰う時、脂ぎっててすごく恥ずかしかったんだぁ」
　それで、痩せて格好良くなる為に頑張っているのだという。
　足を止めたというのにまだぜえぜえ言っている西田に、天野は丁度良いので聞いてみた。
「あー、さっきゅんね」
「さっきゅん？」
「初期からいるメンバーの、日暮 咲希（ひぐらし さき）。
　寝子校にいるってのは、ボクの友達とかには割と有名な話だったんだけどねぇ」
　どういう友達かは、推して知るべし。
　だくだくと流れる汗を拭き、彼はリュックから運動中の心の支えだというCDを出した。
「歌も上手いし可愛いから、DOGの初期にはソロパートがある歌もあったんだよ。
　でも、DOGも今じゃ超人気のユニットだからねぇ。どんどんスター性のある華やかな感じの子が入ってきて、普通っぽさがウリのさっきゅんは最近伸び悩んでる印象かな」
　因みに前回の総選挙では17位で、人数からすれば上位だが一桁台のメンバーとの票数は歴然とした差があるのだという。
　人気メンバーはソロ活動でもどんどん各方面へ進出しているが、咲希に関してはそんな話も聞かないとの事。
　先日感じた僅かな陰りは、もしかしたらその辺りに悩んでいての事だったのだろうか。
「あ、でボクのオシメンは断然ミカリン！」
「聞いてないよ」
　天野はなんとなく脱力した。

　昼休み、6組の教室を訪れた黒子も、生徒から同様の話を聞いていた。
　本当はもっと早く顔を出したかったのだが、朝から何かと先生やクラスメイトに声を掛けられたり用事を頼まれたりで午前の授業が終わってしまったのだ。
（まさか、すれ違いになっちまうとはな）
　ようやくチャイムが鳴って6組の前に来た時、丁度教室を出てきたジャン先生に「オー、彼女なら先ほど早退していきマシタネー。なんでも、急にお仕事が入ったトカ」と言われてしまったのだ。
「しっかし大変だよなぁ、アイドルってのも」
　今年から復学した黒子はさて置き、結構な数の生徒が咲希の芸能活動の事を知っていたようだ。
　応援しているというクラスメイトもいる。
「とかいって、お前ミカリンに投票してただろ」
「うっ……応援したい気持ちと一押しのメンバーは別だろ！　お前だってうなっちに入れてた癖に、俺だけ悪モンにする気かー！？」
「ちょっとー、男子うるさいよー？」
　言い合いを始めた男子とお弁当を広げながら注意してくる女子。
　黒子はやれやれと肩を竦めた。
（あいつ……どうしてるかな）
　ライブの後の嬉しそうな声を思い出しながら、黒子は自分も昼食を摂ろうと踵を返すのだった。



　そして、寝子島高校もついに怒涛のテスト期間を迎えた。
「って言っても、テスト期間中はそれ以外の授業がないのは楽だね」
　パソコンに向かって作業をしながら、直樹は呟いた。
　画面には3Dのモデリングソフトのウィンドウが開き、ウェーブした緑色の髪を持つ女性の姿がある。
「早くキャットアイランドに出してあげたいな」
「直樹、明日もテストなんでしょ？　もうお風呂に入って休んだら」
「あ、うん。そうするよ」
　階下から祖母に呼ばれ、彼はよいしょと座布団から腰を上げた。

『なんだ……は自分で作って………。なら、……を…………、……』

　けたたましく目覚まし時計が鳴っている。
　視界に広がるのは、ちょっと染みのある、木造の見慣れた天井。
「……んー？」
　寝ぼけまなこで時計を止めて、直樹は大あくび。
「何か夢見たような気がするんだけど……なんだったんだろ？」
　殆ど覚えていないような夢の内容は、朝食の匂いに掻き消されてしまった。
「さーて、今日もテスト頑張って、帰ったら作業だ！」
　テストが終わる頃になれば、Cat Islandが関東全域に開放される時も近い。
　まだ見ぬ人々と、新たな出来事はあの世界に何をもたらしてくれるだろうか――
　すべては今はまだ、機械仕掛けの小さな箱の中。

→See you next month...