【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第一階層】疾きこと風のごとく

　やがてゆっくりと星幽塔の日が暮れていく。
　そんな夜の帳が落ち始めるサジタリオ城下町で、十二支団が静かに活動を開始しようとしていた。
「全員、準備はいいな？　それじゃあ作戦開始だ」
　首領のティクス・ソルの鶴ならぬネズミの一声で、それぞれに十二支の動物の面影を持つ盗賊団達の幹部が行動をスタートさせる。
　十二支団の作戦はいつだってシンプルだった。
　基本は罠と陽動。そして風のごとく、お宝の回収。それに尽きる。
　だから、その日もやることはシンプルだった。
　あまり考えることが得意ではないイダス・アグリオスにはそれがありがたかった。
（ん。やっぱりこれくらいシンプルなのが一番だな！）
　忍布をまとい、門を乗り越え、屋敷の玄関の屈強な豚の獣人二人を視界に捉えたイダスはそこでおもむろに忍布を取り払い、その姿をあえて獣人にさらした。
「……！？　な、なんだ、急に何かが出てきたぞ！　猪の獣人……！？」
「さては最近噂の盗賊団、十二支団か！　者共、出会え！」
　豚の獣人二人が大声を上げると、その声は瞬く間に屋敷全体に広がり、屋敷全体が蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。
「一人で乗り込んでくるとは、馬鹿め！」
「いや、他にも仲間がいるかもしれん。お前達は向こうへ！」
　駆けつけてきた隊長格と思しき猪の獣人の男が部下に指示を飛ばす。
（……おっと、あっちには団長達が向かうから行かせちゃならねぇんだったっけか）
　イダスは、ちらと事前の打ち合わせで団長が向かうと行っていった方角に視線を走らせるとそちらに向かって一気に肩を突き上げるようにして突進攻撃を繰り出した。
「く……大人しくしろ……ぐぼあっ！」
　鍛えていない豚の獣人と、細身だが筋肉質のイダスとでは筋肉の質が違う。あっさりと弾き飛ばしてさりげなく道を塞ぎつつ、イダスは目の前の獣人達の意識を引きつける。
「よわっちいなぁ。そんなんじゃ俺が全部お宝貰っちまうぜ？」
「ぐ……。調子に乗るなよ！　かかれ、お前達！」
「「「ははっ！」」」
　かくして、イダスは首尾よく陽動役としての一翼を担うことに成功する。

　　　＊　＊　＊　

　同じ頃、スハイル・アルムーリフもまた陽動役の一人として、屋敷に忍び込んでいた。
　スハイルは戦闘職ではない。
　したがって、彼は実際の戦闘は行わずに、敵に己の姿をチラ見せしての囮役に徹することになる。
　通路を走り抜ける際、あえて忍布を外して颯爽と走り抜ければ――。
「む……。おい、あっちにも賊がいたぞ……！」
「逃がすな、追え……！」
　と、体よく追ってがこちらに向かって移動を開始してくれる。
（相手がおバカさんだと助かりますね……。コルもイダスも上手くやってくれているようですし……あとは頼みましたよ、団長？）
　くすりと微笑み、スハイルは己の役割に徹するために囮役を続ける。

　　　＊　＊　＊

　さらに同じ頃、イダス・スハイルとはまた別の方角からコル・ティグリスが屋敷への侵入を開始していた。
　虎の獣人であるコルもまたイダスと同様のガチガチの戦闘要員だ。
　したがって、彼は逃げも隠れもせずに、潜入もそこそこに忍布を取り払って威風堂々たる大立ちまわりを演じることになる。
「……ふーん。大商人様のお抱えの用心棒っつっても大したことねぇんだな」
　すでに二、三人の用心棒を華麗にふっとばしたコルはパンパンと身体についた埃を払い落しながら挑発的な笑みを口の端に浮かべる。
「く……。盗賊風情が大きな口を……！」
「盗人猛々しいとはこのことだ……！」
　用心棒と思しき大柄な牛の獣人達が歯ぎしりをしながら声を荒らげるが、その腰はすでにひけている。
（……さて、そろそろティクスがお宝の在り処に近づく頃か。面倒な事にならないうちに親玉を潰しとくかね……）
　コルはちらと屋敷の時計に目をやると、そこから一気に二人の牛獣人に接近し、鳩尾を強打、そのまま絞め技をかけてその場に落とした。
「確か親玉の部屋はこっちだったな……っと、ここだ」
　コルはひときわ大きな扉を持つ部屋の前で立ち止まるとそのままの勢いで扉を蹴り壊して中に押し入った。
「ぬ、ぬぅっ……。き、貴様らが十二支団か……。こんなことをしてただで済むと思っているのか……？」
「おいおい。そりゃこっちの台詞だぜ？　あんた、表向きはまっとうな商売をやってるらしいが、裏じゃ相当に悪どいことをやってんだろ？」
「なっ……！？」
　図星を指されて、商人の顔が歪に強張る。
　その隙に、コルは一気に間合いを詰めると部屋の飾り剣の柄で商人を軽く小突いて気絶させた。
「……いっちょあがりっと。普通に殴ると怪我じゃすまねぇからな」
　これで、コルの仕事はあらかた片づいた。
「それじゃ俺はティクスの手伝いにでも駆けつけるとしますかね」
　小さく息を吐いて、コルは再び忍布を被りなおすと、ティクスが向かっているはずの宝の在り処に向かって移動を開始した。

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