●ぴっかぴか！　ゴミ拾い編（３）

　宮祀 智瑜は、桐島 義弘先生と一緒に寝子高周辺のゴミ拾い。
　Ｔシャツワンピに短パンを合わせたスタイルは、汚れてもいいようにという配慮からだ。
　なお、考えていることは桐島先生も同じだったようで、
（わ、義弘先生、ラフな格好も似合う……！）
　という具合で、桐島先生は濃紺の無地Ｔシャツにベージュのチノパンを組み合わせている。
　ぽうっとなった智瑜の眼差しを受けて、桐島先生が目を眇めた。
「……宮祀、私に何か付いているか？」
「いえっ！　そういうわけでは！」
　応じながらも、桐島先生から目を離せない智瑜。
　一つ息を吐いて、桐島先生が「そろそろ始めるか」と言った。
　既に、ゴミ袋や火ばさみ、軍手は受け取っており、２人とも準備は万端だ。
「義弘先生、どこからしますか？」
「そうだな、先ずは、校門前から……」
「なら、二手に分かれませんか？　校門から別の方向に進んで、学校裏で合流するんです」
　智瑜の提案に、「成る程」と桐島先生が頷く。
「効率が良さそうだな。いい案だ。採用しよう」
　かくして、智瑜と桐島先生は校門前で一旦別れた。
　火ばさみでお菓子の袋を拾い上げながら、智瑜は思う。
（本当は一緒にしたいけど、話しながらすると、話に夢中になってゴミ拾いがおろそかになりそうなんだもん）
　桐島先生に話しかける為の言葉は尽きないし、普段と違う格好にもどきどきしてしまう。
　智瑜は、今度はパンの袋をゴミ袋に入れた。
（それに、会える楽しみが出来たってことだし♪）
　ポジティブにそんなことを考える。
　再会の喜びは、きっと、とびきりのものだろう。と、その時。
「あっ」
　思わず、小さく声が漏れた。
　智瑜が見留めたのは、世に言うところの『えっちな本』。
　火ばさみで掴み上げたそれを、智瑜は即、ゴミ袋へと放り込んだ。
（だって、義弘先生が好きそうなんだもん）
　来たる再会の時に、桐島先生が、件の本の表紙に目を奪われては事である。
　大きな胸を艶っぽく主張している女性の笑顔を、智瑜はゴミ袋の底に追いやった。
「これでよし！」
　その後も、懸命にゴミ拾いに取り組む智瑜。
　ペットボトルは、キャップもきちんと分別して、リサイクル用の袋へと。
　やがて、智瑜は、学校の裏手へと辿り着いた。
「義弘先生、お疲れさまです！」
　嬉しさのあまり思わず桐島先生の胸にとび込みそうになった智瑜だったが、はたと我に返る。
　頑張ってゴミ拾いに臨んだお陰で、それなりに服が汚れてしまっていた。
　まだ真夏ではないが、汗だってかいている。
　仕方なくダイブを断念した智瑜に、けれど桐島先生は常よりも和らいだ表情を向けるのだ。
「宮祀、随分汚れたな」
「うう……」
「真摯に励んだ証として、誇るべきことだ。手を洗ったら……そうだな、コロッケでも一緒に食べるか」
　桐島先生の真面目な、それでいて優しい言葉に、智瑜はふわりと笑みの花を咲かせた。

　ここは、寝子島シーサイドタウン駅周辺。
　何気ないＴシャツ姿さえも色っぽい鷲尾 礼美先生が火ばさみでゴミを拾い上げる姿を目に、
（はぁ……やはり鷲尾先生は女神……）
　なんて、添木 牡丹はうっとりと熱いため息を零す。
（保健室での姿も尊いですが、こうして街中でゴミを拾ってる姿さえ神々しい……まさしく女神！）
　胸中に叫んだその刹那、なんと、女神が牡丹の方を振り返り――口元に、淡く弧を描いた。
「どうしたの、添木さん？　手が止まってるわよ。駅ビルが気になるのかしら？」
「えっ？　駅ビルですか？」
　思いもよらない問いを受けて、牡丹の声が僅か跳ねる。
　想定外も想定外、何せ牡丹の頭の中は、今は、鷲尾先生でいっぱいなのだ。
（そう、私としては今こうしてるだけで幸せなのですが……ああ、でも）
　ふわり、牡丹は夢想した。
　駅ビルの中を、鷲尾先生と２人で歩いている。
　ふと、「あのワンピース、鷲尾先生に似合いそうです」と立ち止まる自分。
　同じく足を止めた鷲尾先生が、「あら、嬉しいわね」とくすりと笑んで――。
（素晴らしい光景です……ッ）
　思わず忠誠心が鼻から漏れそうになったところで、「添木さん？」と現実の鷲尾先生の声。
「あ、いえ！　問題ありません！　ゴミ拾い続けましょう！」
「……本当に大丈夫？」
「ええ！　この添木牡丹、鷲尾先生と一緒にゴミ拾い頑張ります！」
「ふふ、頼もしいわね。じゃあ、イベント後のドーナツ目指して、頑張りましょ？」
　鷲尾先生の声に「はい！」と応じて、
（……素敵なイベントですねェ）
　と、牡丹は胸の中に、改めて幸せを噛み締める。
　寝子高教員は全員参加、という響きは、牡丹にとってはあまりに甘美だった。
　それすなわち、普段は保健室でしか一緒に過ごせない鷲尾先生と課外活動に臨めるということを示す。
（これ以上に素晴らしい事があるでしょうか？　いや、ない！）
　牡丹、心の中であまりにもきっぱりと断言。その時、
「ねえねえ、そこのお姉さん」
　と、鷲尾先生に声をかけるいかにもチャラい輩が登場したが、
「すみません、ちょっといいですか～」
　なんて具合で、やたら迫力のある笑顔の牡丹さんに、どこかへ連行されていきましたとさ。

　綾辻 綾花は、早川 珪先生からイベントの話を聞いて、ゴミ拾いに参加した。
　寝子ヶ浜海浜公園で海の風を浴びながら、動きやすい服装でイベントに臨んだ綾花は、
「海浜公園は、にゃんこも多いのでよく来ます」
　と、傍らの早川先生へとにっこりとして笑みを向ける。
「そうなんだね。じゃあ、猫達を驚かさないようにしないといけないな……」
「あ、猫メモ、見ますか？　参考になるかもしれません」
　綾花が差し出した猫メモを「ありがとう」と受け取って、
「へえ……ここには、こんな子達がいるんだね」
　なんて、早川先生は楽しげに目元を和らげた。
　そして、２人は早速ゴミ拾いを開始する。
「ごめんね」
　ゴミの傍に愛らしい茶トラ猫の姿を見留めて、綾花はそっと声をかけ、ゴミを拾った。
「ありがとう」
　お礼を言って撫で撫でしてやると、茶トラ猫は気持ち良さそうに喉を鳴らす。早川先生が、
「その子は、撫でられるのが好きなんだよね」
　と、綾花のメモを見た記憶を辿りながら、穏やかに零した。
「はい、そうなんです。……あ、他のにゃんこも寄ってきちゃいました」
　気付くといつの間にか、綾花達の周りは猫だらけになっている。
　その殆どは綾花の見知った子達で、綾花は荷物から取り出した煮干しを猫達に。
「ふふ、皆、嬉しそうだね」
「はい、良かったです」
　たっぷりともふもふを堪能したあと、綾花達はまたゴミ拾いに戻った。
「ええっと、缶、瓶、ペットボトルに燃えるゴミ……」
　袋をきちんと分けて、ゴミを片付けていく綾花。
　中身が残っているものは洗う、等の配慮も忘れない。
「綾辻さん、きちんとしてるね。偉いな」
「ゴミは、にゃんこが口にして危険な場合もありますから。残さず拾いたいんです」
　微笑んで、ゴミをまた一つゴミ袋へ入れる。
「珪先生、意外とゴミがあるんですね」
「そうだね、読書に来ていたなら、気付かなかったかもしれない」
「私も、いつもにゃんこに意識が行ってるので、隅の方まで気づかなかったです」
「なら、お互いにいい勉強になった……かな？」
　早川先生が涼やかに笑うのに、くすり、こちらも笑みで応える綾花。
　やがて、海浜公園をすっかり綺麗にしてしまって、
「珪先生、終わりました」
　綾花は持参した水分補給用のペットボトル麦茶の蓋を開けながら、清々しい気持ちで宣言した。
「にゃんこにも人にも過ごしやすくなりましたね」
「うん、お疲れさま。大活躍だったね」
「……でも、屈んでたからけっこう疲れました」
　日頃の運動不足が祟ってか深い息を吐く綾花へと、
「もう少しだけ頑張ろう。商店街まで戻ったら、美味しいお茶とたい焼きが待ってるから」
　と、早川先生は、柔らかく声を投げるのだった。