存在感奪還大作戦！？｜リアクション

存在感奪還大作戦！？

　雨寺凛は、いつものように明るく元気な声を教室に投げ掛けたその瞬間に、
「うわー、あ、挨拶が返ってこない……！」
　と、テオの言葉の意味を身を以って理解した。
　教室の誰もが、凛の声など聞こえていない様子で、いつもの朝を過ごしている。
「うう、皆から認識されなくなるなんてステージに立つ人間としては一大事だよ……！」
　そうでなくても、誰にも気付いてもらえないというのは寂しい。それに。
「消えちゃうなんてシャレになんないよー！」
　心からの、至極真っ当なシャウトを廊下に響かせた、その時だ。
「おっ。雨寺、今日も朝からソウルフルだな」
　声を掛けられて、振り返る。
　そこに立っていたのは、泉竜次先生だった。
「あ、おはようございます泉先生！　……！」
　言ったあとで、凛はハッとする。泉先生は今、はっきりと自分の名前を呼んだ！
「泉先生！　わ、私の事見えてます？」
「そのようだな。雨寺にも俺が見えるのか」
「見えてます見えてます！　よかったぁ、ちょっと寂しかったんで声かけてもらえてホッとしました……！」
　泉先生の言い様から察するに、彼もまたこの異変の影響を色濃く受けているらしい。
　でも、と、凛はことりと首を傾けた。
「大変な状況だと思うんですが……先生、なんだか表情が楽しそうですね？」
「うん？　そりゃあ君、こんな楽しいことは中々ないだろう」
　公然と面白いことができそうじゃないか、と、泉先生は子供のような顔で笑う。
　その言葉に、凛は目の前が、ぱっと拓けたような心地がした。
「あ、そっか！　この状況を利用すればいいんだ！」
　ここは切り分けられた世界、そして、凛達は今、誰にも気付かれない存在だ。
「裏を返せば思いっきりいろんなことができそうですね！　それで目立っちゃいましょうか！」
「ふむ。具体的には何をする？」
「ええと……目立つとしたら……皆が通る大きな場所……あっ、シーサイドタウン駅前！」
　そこをアートとロックで染め上げたい！　と凛は黒の双眸を煌めかせた。
「泉先生、協力していただけますか？　一緒に創りあげましょう！」
　にやり、凛の言葉を受けた泉先生が、薄く口の端っこを上げる。
「そんなロックな提案に、俺が乗らないわけがないだろう？」
　かくして、凛と泉先生は軽く打ち合わせを終えるや寝子島シーサイドタウン駅前へ。
（すごい……シーサイドタウン駅前が、先生の作品の一部として溶け込んでいく！）
　のびのびと、けれど手早く、泉先生は駅近くの壁にスプレーで絵を描いていった。
　カラフルな魚の群れが宇宙を飛んでいる、見たこともない鮮やかな花が壁中に咲き誇る。
　暫くのあと、泉先生は満足顔で凛の方を振り返った。
「どうだ？　君の為のステージは」
「とってもアーティスティックです！　ロックです！」
　ここを舞台に、自分のロックで街行く人々の目と耳をこの一点に集中させる――。
　心臓が脈打つ音が聞こえた。口元は、自然と弧を描く。
「スピーカーの準備はＯＫ、行くよ……！」
　――ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー！！
　ギターを構えて、マイクに向かう。
　イントロから、ギターは力強く、熱く、辺りへと音を光の欠片の如くに散らした。
　ギターの音に、凛の声が重なる。魂を込めた大声が、人々を振り向かせる。
「さあ、皆も一緒に歌おう！　もっとロックに目立っていこう！」