海神の庭にて｜リアクション

海神の庭にて

　これまでに創られたいきものによって、最初はウミコーギーだけであった海も、随分と賑やかになった。新たなスポーツも生まれ、日本家屋のようなものも建ち、さらには、人型のいきものもいる。
　発展すればこのまま奇妙な海底都市にでもなりそうなそこに、八神修と椿美咲紀が降り立った。べつに示し合わせたわけでもないのだけれど、どこか偶然で引き合わされるものもあるのであろう。地上で友人として親交を結んでいる彼らは、この海中でも出会うことになった。
　ふたりの上を、黒く勇ましいクジラと、可愛らしいピンクのクジラが大きな波を立てながら通過する。その潮流に流されそうになりながら、ふたりは家屋の柱にしがみついた。ふたりの近くで泳いでいたウミコーギーは、無残にも遠くまで流されてしまう。その小さな手足で必死に泳ぎ、ふたりのもとへ戻るには、少し時間が必要だった。

「ふわあ、びっくりしました。ふたりはご無事でよかったです」

　ウミコーギーはのんびりとした調子でこう言うと、修と美咲紀を前に軽くこれまでのいきさつを語った。美咲紀も修も、ウミコーギーの話に真剣に聞き入っていたので、状況の把握は容易であった。修はウミコーギーの腹を撫でながら、いきものの作り方や、ウミコーギーが望んでいることについても聞きだした。

「すべてを自分が知っている物だけに囲まれていては、驚きってものがないのです」

　ウミコーギーから話を聞き終えると、美咲紀は口を開いてこう言った。その表情は、海神とやらを思っているのかどこか真面目な面持ちである。

「海神様は退屈してるのかもしれないですねえ」

　そう言いながら、美咲紀もウミコーギーを撫でようと手を伸ばした。ふたつの手に撫でられているコーギーは気持ちよさそうに手を受け入れている。あちこちをふたりに撫でまわされているウミコーギーを見ながら、修は徐にこんなことを言いだした。

「ところで、地上の記憶はあるかな」
「地上の記憶、ですか？」

　こんなことを訊かれるとは思っていなかったのか、ウミコーギーは困ったようにうんうん唸りながら言った。

「楽しいことはとてもよく覚えています。あと、どんないきものを見てきたのかも」
「なるほど」

　修はその言葉に頷くにとどめ、続けた。

「君たちは寂しくはないかい」

　それこそ思いもよらなかった質問のようだった。

「海神様や、海神様のつくったいきものがいたので、今まではとくに」
「前に居た海には、ほかにもウミポメラニアンや、ウミチワワがいました」
「でもここに来てからは、僕たちだけになったので、皆さんが来るまでは……ちょっと、寂しかったかもしれませんね」
「ふむ」

　修は難しい顔をしてこう言った。

「海に生きる者は海に適した姿や能力に進化する。なので、何処の海も似る」

　そのはずだが、と間に置いて、

「それを『面白い海』が良いとは……神様、割と無茶ぶりだな」

　ははは、と乾いた笑いを零して、修はウミコーギーの一匹を抱きしめ撫でた。苦労を労う手に、コーギーは目を閉じる。

「でしたらこの椿美咲紀、微力ながらお手伝いしましょう。お任せあれなのです！」

　ぐっとこぶしを握り、美咲紀は先程クジラの通った頭上――海面を見上げた。空を思わせるそれに、美咲紀はインスピレーションを得たようで目を閉じる。空を飛ぶように海中を泳ぐ生物を、頭に浮かべた。背に翼を生やし、四つの脚で空駆けるペガサスに、鷲とライオンの身体を持つグリフォンが、美咲紀によって生み出され海を泳ぐ。バシリスクやヴェネツィアの象徴たる有翼の獅子も、新たに創造されては悠々自適に海の空を駆けた。その勇ましい姿を見て、美咲紀は萌えを感じていた。

「異論は認めないのです」

　ときりり、どこかへ視線を向けて。

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