今夜、寝子ヶ浜海岸で。～猫の目シーグラス～｜リアクション

今夜、寝子ヶ浜海岸で。～猫の目シーグラス～

「『月から来た月猫』かぁ。
　この話、あたしもこの間従妹から聞いたばかりなんだけど、胸がこう、きゅーっとなるお話よね」
　掘るのを手伝いながらの薄野一月の言葉に、小山内海は『うんうん』とスケッチブックで答える。
「ちょうど今夜満月じゃない？　それに、思い立ったら吉日って言うし。今、次の話のネタ探しもしているところだったものだから、話を聞いていてもたってもいられなくなって、さっそく来ちゃったんだけど」
　一月は前傾していた身を起こして背を伸ばす。そうすると、浜辺のあちらこちらに散らばった者たちが見えた。みんな俯いたり、しゃがみ込んだりして、足元を探している。なかには男女ふたりになっている人影もあって。
（うーん、青春だ）
　自分があのくらいの年だったころのことを思い出して――といっても一月だってまだ２１で、そんなに前のことでもないのだが――そんなことを考える。
　じっと見つめる海の視線に、はたと彼女の存在を思い出した。
（やだ、顔に出てた？）
　恥ずかしくなって口元を手でおおう仕草で察したのか、海は笑顔で首を振ってみせる。
　一月は立ち上がった。
『どうかした？』
「ひざを伸ばすついでに、ちょっと歩いてこようと思って」
　夜の海は昼の海とはまた違って、ロマンティックできれいだけど、反面、波に足元を攫われたりすると危険だ。ここはひとつ、若い子たちの邪魔にならないように、それとなく危険がないか見回ってこよう――そう考えたわけだが。
　海もひざについた砂を払って立ち上がった。
『私も行く』

　歩きながら、海は自分の見つけたシーグラスを一月に見せた。
　黒、青、茶、緑、桃色。同じ色の物でも微妙に濃淡が違っていて、形で同じ物がないように、どれもやっぱり違っている。
「こうしてみると、いろんな色があるのね」
『ほかに、どんな色のがあるかな。元はガラスだから、どんな色のがあっても不思議じゃないよね』
「そうね。でもたぶん、茶色と緑と白が多いかな。日本で作られる瓶はその３つが多いから」
　ガラス製品で一番多いのは飲料を入れる瓶だ。中身が見えるように、薄い色を用いる。次に多いのが茶や黒。これは薬品用の瓶で、太陽光による変質を阻むために作られる。だからそれ以外の濃い色は少ない。
『ふーん。でも、もともとはただのガラス片なんだよね。よく割れてるのとか見るけど、これはそういうのと違って全然とがってないし、乾くと白っぽくて不透明なの』
「波と砂で研磨されるからね」
『こうして全然違う形になるのって、すごく面白い』
　緑のシーグラスにまじまじと見入っている海の純真さを、一月はほほ笑ましく思った。
　そして前に広がる砂を見る。
「でも、猫の目のシーグラスってふしぎね。どんなガラスが割れたらそんなふうなシーグラスになるのか……。
　だからめったに見つからないんだろうし、ありそうにないからそれは月猫の涙だってお話が生まれたんだと思うけど。
　あれって、とってもすてきな話よね。本当にそうだったらいいって思えるの。
　ホラ、あたし小説家の卵だから。気になるのよ。このお話を書いた人はだれなのかしら、って」
『私も！　知りたい！』
　海は大急ぎでスケッチブックに書いて、ぐぐっと一月に突き出す。
「でしょ。――あ」
　一月は立ち止まり、足元に手を伸ばして砂のなかから何か拾い上げた。
「金色の猫の目シーグラス。見つけちゃった」
　濡れた透明のガラスの中に金色のラインが一筋入ったそれは、月にかざすときらきらと猫の目のように光った。
「いつか機会があったらシーグラスだけじゃなくて、作者を探してみたいわね」
　シーグラスを見つめてつぶやいた一月の独り言に同意するように、海もうなずいた。
　