さくら、ふたたび｜リアクション

さくら、ふたたび

「何だこれ。さてはオイラの頭がとうとうイッたか？」
　さくら色の世界の真ん中で、汐月シルベはテンション低めの真顔でそう言った。
「あっはぁ、結構。幻覚だとしても、得られる物はないもんか」
　陽気とも思えるが、シルベの表情はあくまでも気怠そうな真顔だ。
　奇怪な状況になっているが、ただ元に戻るのを待つだけではなく何か有意義に過ごすことができるかもしれない――そう思い、シルベは歩を進め始める。
　もれいびの自覚がない彼には、この状況は幻覚だとしか思えなかった。
『……さくらねこ星人だ……』
　どこかから聞こえてくる親切な幻聴を聴きながら街を歩く。何が起きていて何が求められているのかを把握すると、彼はこの空間でやることを決めた。
「まずあれだな。さくらねこ星人って奴を探すか」
　さくら色に塗られていない場所を辿っていったら見つかるのではないかと探してみると、やがて、想像の斜め上を突き抜けた謎の生物が目に入った。おしゃれな店をさくら色に染めている。
　生物の前まで歩いていき、足を止めるとハート型の目がこちらを向いた。シルベは遠慮なくひとしきりウケる。
「あっはぁ」
「…………に゛ゃ゛？」
　さくらねこ星人はなぜ笑われているのか見当がつかないようで首を傾げた。その仕草がなんともシュールで、シルベはまた笑ってしまった。心外というわけではなさそうだが、生物は意味がわからないのが嫌なのか少し不機嫌な声を出す。
「な、なんにゃ！？」
「悪いな、本題に入ろう」
　シルベは服飾を専攻している。デザイン画は常に持ち歩いていて、それを鞄から出してさくらねこ星人に見せる。今回はどれもフォーマルなのが中心だ。紙をめくっていくが、相手の反応は芳しくない。頭の中に「？」がたくさん浮かんでいる気がする。シルベは自分が何を勉強しているのかを説明してから話を続けた。
「このコレクション、桜色のイメージで行きたいんだがな。自分じゃ、どうにも満足できねえ。っつーわけで力を借りたい」
「？　さくら色を使いたいのに゛ゃ゛？　確かに、この色だといまいちだに゛ゃ゛」
　はっきりと言われた。まあ、話が早くていい。
「注文と指示はこっちで出すから、これらを塗ってくれ」
「に゛ゃ゛！　わかったに゛ゃ゛！」
　さくらねこ星人は特大の筆を手のひらサイズに変え、瞳を燃え上がらせた。

「んー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー」
　空っぽになったカフェで、１人と１体は向かい合って座って作業をしていた。塗り合い、倒し合いとは何だったのか（人間側は倒されないので厳密には倒し合いではないが）、ここには平和で真剣で、少しばかりダウニーな空気が流れている。
さくらねこ星人はまたもや困っているようだった。シルベのイメージを脳裏で再生できないらしい。実際、塗られている部分は思っている感じとは何か違う。中々難しいものだ。
「あんた、桜色の専門家なんだろ？　濃さと薄さの微妙で繊細なニュアンスをだな……判るだろ？　判れ」
「んー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー」
　シルベはなるべく丁寧に説明する。途中で、さくらねこ星人は何かを閃いたような顔をした。突然、筆のスピードが上がってデザイン画が一気にできあがっていく。
「…………」
　黙って見ているシルベの前で、想像でしかなかったものが形になっていく。
「……おぉ。あんた、すごいな」
「それほどでもないに゛ゃ゛」
　さくらねこ星人は丸い鼻を高くして誇らしげな顔をした。デザイン画が全て完成し、セルフで入れたお茶を飲んでいる時に、シルベは「そういえば」と思い出したふりをしてこの幻覚の中のルールを生物に告げた。
「オイラはな、あんたを撃てと言われてる」
「に゛ゃ゛？」
　鞄から支給された水鉄砲を出し、きょとんとしたさくらねこ星人に突きつける。「に゛ゃ゛！」と驚かれ、シルベはあっさりと水鉄砲を後ろに放り投げた。
「に゛ゃ゛！？」
「止めだ。撃つ気がなくなった。此処の奴等はあんたと意見が合わないらしい。けど、だからって強制送還なんてのも乱暴だ」
「……シルに゛ゃ゛ん゛……」
「あんた、逃げろ。桜の色の概念すらない何処か別な星へ行って、その価値観を広めたらどうだ？　宇宙は広い。あんたを待ってる奴だって居るだろうさ」
「…………」
　さくらねこ星人は俯いてお茶の水面をじっと見ていた。そして、ガタッと立ち上がる。
「…………」
　奇妙な姿をした宇宙人は、少し寂しそうな表情で、すうっと彼の前から消えていった。
　１人残ったカフェで、シルベはひとりごちる。
「……オイラも、幻覚相手に何言ってんだか」

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さくら、ふたたび

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