春時雨の旧市街｜リアクション

春時雨の旧市街

　旧市街の昼下がり。
　通りに面した八百屋「宮祀青果店」の軒先を、少女の笑顔が照らしていた。
　看板娘の女子高生、宮祀智瑜だ。

「キャベツいかがですかー！　アスパラガス、お安くなってますよー！」
　うぐいす色のエプロンを羽織り、黒髪のショートボブを揺らしながら、てきぱきと動く智瑜。
　地産地消がモットーの青果店には、今日も客が次々やって来る。

　時刻は正午過ぎ。祖父母が返ってくるのはもう少し後だ。
（お客さんのピークが過ぎたら、早めのお昼にしましょうか）
　智瑜がそんな事を考えていると、アスファルトを照らす太陽が、ふいに翳りだした。

「あらら……これは一雨来るかもしれませんね」
　雨は青果の大敵だ。
　軒先に並ぶ野菜と果物に、智瑜はてきぱきとビニルシートを被せてゆく。
　最後のシートをかけ終えたちょうどその時、ゴロゴロという稲妻が鳴り、大雨が降ってきた。

「間一髪でした。あとは大丈夫かなっと……あら？」
　ふと店内を見回すと、近所の主婦が困り顔で立ち尽くしていた。
　恐らく傘を持っていないのだろう。主婦の顔には、
（どうしましょう。洗濯物がびしょ濡れになっちゃうわ）
　そんな困惑が張り付いている。

　智瑜は迷わず、店の傘を手渡した。
「遠慮しないで使って下さい」
「えっ、いいのかい？」
　それを聞いた主婦の顔が、ぱあっと輝く。
「もちろん。今度来た時に返してくださいね」
　礼を言う主婦の背中を見送りながら、ふと智瑜は祖父のことを考えた。
　今ごろは健康診断を終え、病院で雨宿りの最中に違いない。

　店の外からは、時折バシャバシャという音が聞こえてくる。
　通り雨に出くわした人達が、避難先を探しているのだろう。
「傘、お貸ししますよー！　雨宿りしていきませんか！」
　タオルを数枚持ち出して、通りを走る人に声をかける智瑜。
　その声に導かれるように若い女性が走って来た。

「これで拭いて下さい。災難でしたね」
「あ、ありがとうございます」
　女性は智瑜に礼を言うと、雨を吸った髪をタオルで拭い始めた。
「お茶いれてきますね」
「いえいえ、お構いなく……えぷしゅっ」
「遠慮しないで下さい。風邪引いちゃいますよ？」
　雨の冷気でくしゃみをする女性に、笑顔で店の椅子を勧める智瑜。
　智瑜の柔和な笑顔に安心して、女性は「ありがとうございます」と嬉しそうに礼を言った。

「こんにちは。いや酷い雨だねえ、智瑜ちゃん。今日は何がおすすめだい？」
　お茶をすすりながら、雨宿りの客と歓談していると、新しい主婦客がやってきた。
　どうやら主婦は、智瑜の薦めた野菜で料理を作りたいようだ。

　智瑜は即座に考えを巡らせた。
　この主婦は、普段ならば自分で決めた品を買っていく。
　それをあえて自分に聞いてきた理由は、おそらく……

――とびきりのお野菜で、腕によりをかけた料理を作りたい、ということですね。

　確か主婦には、離れて暮らす一人息子の高校生がいたはずだ。
　小さい頃から野菜ギライで、食生活が心配だとしょっちゅう話していた。

（それでしたら……）
　旬、栄養素、食味、客の好み……智瑜の脳内で膨大な情報が交わされ、結論を叩き出す。
「ニンジンとピーマンがお勧めです。朝採れたばかりですよ！」
「美味しそうだねえ。じゃ、それで頼むよ」
　智瑜が野菜を包んでいると、軒先から日が差してきた。
　主婦と雨宿りの客を見送って、ふと智瑜は大事なことを思い出した。
（洗濯物！　たしか朝、お祖母ちゃんが干したままのはず……！）

　急いで二階に駆け上がれば、どれも屋根の下できっちり乾いていた。
「流石お祖母ちゃん」
　かなわないなあ、とばかりに智瑜は安堵のため息をつく。
　開いた窓から、青く晴れた空が見えた。

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あとがき

担当マスター：坂本ピエロギ
ファンレターはマスターページから！

ピエロギです。
今回のリアクションは、日常のちょっとしたアクシデントをテーマにお届けしました。

通り雨に見舞われたとき「あなた」のキャラはどうするのか。
普段どおりの日々を過ごす方、小さな非日常の扉を開けた方……
いずれもキャラクターさんの個性が反映された素晴らしいアクションでした。
日々の何気ない一幕が、皆様のキャラを織り成す１ページとなれば幸いです。

シナリオのご参加、ありがとうございました。

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