釣りしましょう｜リアクション

釣りしましょう

●雑貨店『memoria』

（なんでこうなっちゃったのかな？）
　雑貨店『memoria』の奥のカウンター内で、丸イスに掛けて恵御納夏朝は考えた。
　自分は、ただ『こねころころ』を持ってきただけだ。
　本当なら友達と一緒に遊びに行くはずだったのだが、その友達に不慮の用事が入ったために行けなくなり……でももう旧市街に来てしまっていたから、せっかくだから『memoria』を訪ねてみようかと思いついたのだ。
「これ。よかったらどうぞ」
　『こねころころ』を差し出すと、密架はすごく喜んでくれた。そして「あとで中山くんと食べてください」と言って去ろうとした夏朝を「一緒に食べましょう！」と引きとめ、夏朝をカウンターの内側へ引き込んで丸イスに座らせると、お茶の準備に行ってしまったというわけだった。
　衝立で隠れた奥のドアが開いて、トレイを持った密架が戻ってくる。
「夏朝ちゃん、麦茶でよかったかしら？」
「はい。ありがとうございます」
　軽く頭を下げる夏朝のとなりのカウンターの下の空いたスペースに、麦茶のコップとお茶請けの『こねころころ』が置かれた。
「こんな場所でごめんなさいね。今、わたしひとりだから店を空けられなくて」
「中山くん、いないんですか」
　いつもならバイトの喬が店番をしているはずだった。密架はうれしそうに笑って、事情を話した。
「釣りですか」
「そうなの。ほら、せっかく寝子島に来てくれたんだし、海で遊ばない手はないでしょう？　だけど喬はあの通り引きこもりだから、みんなにお願いして、連れて行ってもらったの」
「そうですか。……たくさん釣れるといいですね」
「そうね。でも、釣れなくてもいいのよ。あのふたりのわだかまりをほぐすきっかけになってくれれば……」
　たぶんふたりの父親もそれを期待して、紗那をこっちへ送り出したのだろうから。
「……？　もしかして、うまくいってないんですか……？」
　何やらもの思いにふけっている様子の密架を、夏朝は下から覗き上げる。
「あ、ううん、違うの。うまくいくとかいかないとか以前の話ね。互いにどう接すればいいか、分からないでいる感じ。距離感を掴もうとしてるの。分かるかしら？
　……まあ、もしかしたらどちらも互いに負い目みたいなのを感じているかもしれないけど……」
　最後のつぶやきは、声に出した自覚がないようだった。
　夏朝はコップに口をつけ、冷たい麦茶をひと口飲んで独り言のようにつぶやく。
「負い目、か……。
　僕も……お父さんお母さんも、昔いろいろあって……互いに負い目を感じた時期は、あったかも」
（お父さんもお母さんも悪くないんだけど……ね）
　つれづれに、去年の年末の出来事を思い出していた。長い月日を経て、ようやく互いに腹を割って話せたところだった。
　だからこそ、彼らの事情や、何があったのか、どんな思いを抱えているのかとか、安易に踏み込めないし……『分かる』とは言えない。
　そういうことから夏朝は沈黙したのだが、それが良かったのだろう。首を振って現実に立ち返った密架は、夏朝の前の席に腰を下ろし、『こねころころ』を見てにっこり笑った。
「これ、本当にかわいいわ。食べるのがかわいそうなくらい」
「あ、分かります、それ。でも、おいしいんですよ。えーと、僕のが粒あんで――」
　夏朝が１個ずつ丁寧にしてくれた説明を聞いてから、密架は黒ねこに黒文字を入れた。
「残りはふたりのために残しておきましょう。きっとおなかを空かせて戻ってくるでしょうから」
　

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