のんべえエアー注意報！｜リアクション

のんべえエアー注意報！

　駅ビルmiaoに本を買いに来た綾辻綾花。お目当ての本を買い、洋服でも見ようかな……とエスカレーターに乗ろうとした時。寝子高教諭早川珪にバッタリ出くわした。
　偶然の出会いに感謝しながら話をすれば、珪はこれからシネコンで最近封切られたばかりの新作ホラー映画を観に行くとの事。
　珪の言葉に綾花は思わず声を上ずらせて言っていた。
「あ、それ私もこれから観に行くやつです！」
　―――綾花は、本当はホラーなんててんでダメなのに。
　ホラーへの恐怖と珪への恋心を天秤にかけた綾花の勇気など全く知らない珪は、「じゃあ一緒に観に行こうか」と笑ってくれた。

　そして２人は仲良くシネコンに行き、満員の映画館で並んで座った。綾花はオレンジジュース、珪はコーヒーをカップホルダーに置いて。珪がウインクをしながら買ってくれたポップコーンは大きいから、２人で１つ。これは綾花の膝の上に。
　何本かの映画広告が上映された後、館内が暗くなった。綾花はこれからくるであろう恐怖に、思わずそっと珪のシャツの腕を掴む。引っ張られるその感触に、暗闇で珪が微笑んだ。２人はスクリーンに向かい、綾花は緊張しながら、珪は静かに紙コップから飲み物を口にする。
　そして本編上映開始とほぼ同時に―――２人にのんべえエアーが吹き抜けた。

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（あれ？　この映画……あんまり怖くない？）
　先の見えない真っ暗な廊下を覗く主人公を観ながら、綾花はちょっと首を捻った。確かに屋敷に取り憑いた怨念も、館内に暗く響く音楽も充分怖いはずなのだが……。何と言うか、綾花には薄いカーテン越しに遠く行われている出来事に感じられた。
　不思議だな、と綾花は思う。逆に怖いどころかちょっと楽しいくらいだ。買ったオレンジジュースもとっても美味しいし。これは珪先生効果が早速出たのかも！　と思い綾花は嬉しさに隣の珪を見ようとした。が、その前に。
　トン、と珪の頭が綾花の肩に凭れかかった。

（何、何があったのー？！）
　突然の接触に、綾花の心臓は飛び出さんばかりに跳ね上がった。思わず真っ赤になって固まってしまう。すると耳元で珪の低い声がした。
「ごめん、綾辻さん……何か突然くらくらしてきて……」
「いえっ！　別に大丈夫です！　それより、先生大丈夫ですか？」
　ピシリと背筋を伸ばしながら、小さい声で綾花が訊く。珪がだるそうに頷いた。
「ん～、平気。ただちょっと暑いかなぁ」
　そう言うと珪は自分のシャツのボタンを幾つか外し始める。そのホストばりの漂う色気に、純情可憐な綾花はどうしていいか分からない。ただ、自分もそうだが珪の様子は明らかにおかしいとは感じていた。そう、まるで……。
「……珪先生、酔ってますか？」
　肩の珪にそっと問い掛けた。珪が綾花の方を見上げる。その熱を持ったとろんとした瞳に見つめられ、綾花の呼吸が止まった。
「酔って、ないよ～。でも、ちょっと眠い……」
　子供のようにこしこしと目を擦ると、珪はまた綾花の肩に凭れる。そして気持ちよさそうにスースーと寝息を立て始めた。

　スクリーンでは怨霊が大暴れして大変な事になっている。けれども今の綾花にはそんな事どうでもよくて。
　先生の寝顔。伝わる熱い体温。緊張で私の喉はカラカラだけど、オレンジジュースは飲み干してしまった。
　映画が終わったら、また飲み物を買おう。けれど。
　―――この時間が、ずっと続けばいいのに。

　映画が終わり正気に戻った珪が綾花に平謝りしたとか、結局１人で全編観た綾花は終わってからぞくぞくと怖くなってしまったとか色々あるけれど。
「やっぱりホラーは怖かったので……次は『とらねこ物語』観ませんか？」
と言った綾花に珪が笑顔で頷いた事だけは、ここに記しておこう。