のんべえエアー注意報！｜リアクション

のんべえエアー注意報！

　年度初めの町役場というのは、非常に忙しい。本来なら総務課の三折部朝衣も、進学だの就職だので怒濤の転入組を受け入れる住民課の窓口応援に駆り出されていた。
　住民課は皆、疲弊していた。『残業確定』の文字がネオンのように全員の脳裏に点滅しながらも、健気な彼らは笑顔を絶やさずしっかりと業務をこなす。
　そして、定時になった。

　出入口の鍵を閉めた途端、カウンター内の職員達が一斉にへばった。
「おーい、これからが本番だぞー。気合い入れてけー」
「「ふぁーい」」
　上司の言葉にうずたかく積まれた書類の山から何とか答える同僚達。彼らのＨＰはもう赤点滅なのだ。……それでも、仕事というのはやらなければ減らない。
（やるだけ、やろう。たとえゴールが見えなくても！）
　朝衣をはじめ職員達は気合いを入れ直すべく、配られたペットボトルのお茶の蓋をキリリと開ける。そして栄養ドリンクの如くごきゅごきゅと飲んだ時―――役場にのんべえエアーが吹き荒れた。

＊＊＊＊＊＊＊

「あれ？」
　朝衣は小首を傾げた。何だか体がぽっぽとして、熱っぽいのだ。
（え？　風邪ひいちゃったの？　そんな暇ないのに）
　まるでブラック会社の社員のような感想だが、年度初めの役場は似たようなものかもしれない。
　しかし、朝衣は傾げた小首を元に戻しながら思い直した。何か違うのだ。体がだるいとかじゃなくて妙に気持ちいいというか、ふわふわするというか。
（もしや、これは）
　朝衣はとろんとする目を周囲に向ける。そこは―――阿鼻叫喚だった。

「こんな量の書類出来る訳ねーだろーがよーーー！！！　ちゃぶ台返しっっ」
「あっつ～い☆　クーラーつけなさいよ！　予算削減なんてバカなこと言うなら脱いじゃうわよ、わたし！」
「どうして仕事が溜まるのか……俺がノロマだからか……そ、そうだよな～っ」

　書類をぶちまける、服を脱ぎ始める、号泣する。カウンターの中は町民さん達にはお見せ出来ないカオス状態だ。
　そして当の朝衣はといえば。
「―――アヒャヒャヒャヒャ！」
　同僚の狂態を前に、涙を滲ませ高笑い。ものの見事に酔っ払っていた。

「あーマジウケる！」
　朝衣が千鳥足で歩いていると、突然背後から手が伸びてきた。
「うおっ？！」
　驚く朝衣に構いもせず、その手はもみゅと彼女の形の良い胸を揉み潰す。瞬間、誰かなんて確かめもせずに朝衣の肘鉄が背後の人物にヒットした。
「おいコラ勝手に人のおっぱい触んな！」
「い、いらいよ三折部くん～」
　怒鳴りながら振り返れば住民課の上司が腹を押さえて朝衣を見ている。しかし朝衣は怯まなかった。と言うか完全に目が据わっていた。朝衣はビシリと上司の禿げ頭を指差した。
「テメーに触られるほどあたしは安い女じゃねえ！　取りあえず増毛してから来い！」
　いくらおっぱいを揉まれたからって非道い言いようである。しかしもう朝衣は止まらない。
「大体な～、業務応援してやってんだ、手当くらいつけろやゴラァ！　給料安すぎなんだよ！」
「それは僕のせいじゃ……」
「うっせーハゲ！　こんな給料じゃお前も増毛出来ないだろ？　あたしだってまだ若いんだから遊びたいのに……」
　ガアッと朝衣は叫ぶと今度は床に突っ伏して号泣し始めた。
「金がないーっ！！　うわあああーーーー！！！」
　相当ストレスが溜まっていたのだろう。笑い上戸怒り上戸泣き上戸全部やってのける朝衣。そんな彼女の肩が優しく叩かれた。
「可哀想な朝衣ちゃん。さあ、私の胸で泣いて」
　４つ年上の美人先輩が、潤んだ瞳で朝衣を見つめていた。朝衣のブラウスのボタンが魔法のように外されていく。
「あ……先輩」
「ふふ……可愛いわね」
　近付く唇、止まらない手元、固唾を呑んで見守るギャラリー。

　結局、この日あった事は箝口令が敷かれ、朝衣の貞操が守られたかどうかは外部の人間には分からないままだったという。