城柳塾：CMナレーションをやってみよう！｜リアクション

城柳塾：CMナレーションをやってみよう！

「次は浅葱さん、ポランさんのペアにお願いしようかしら。おふたりとも、心の準備はできていますか？」
「いつでもどうぞなのだー！」
　と、白い歯を見せるチャラン。浅葱あやめは対照的に気まずそうに「できています……」と項垂れながら答えた。
（若い子が多い……ああ、やりづらい）
　本当なら、あやめは劇団仲間と一緒にワークショップに参加する予定であった。比較的年が近そうなチャランの存在に感謝しつつも、ドタキャンした劇団仲間には恨みごとのひとつも言いたくなる。そんな心理状態のせいか上手く役に入り込むことができず、セリフをただ読んでいるだけの自分にげんなりしていた。
（いっそ化粧してくればよかった）
　重いため息が手元の原稿をゆらした。

◆アプリゲーム『ニャッカミライブ！』
A『爽快メルヘンリズムゲーム・ニャッカミライブ！』
B『おとぎの国の住人が本から出てきてバンド活動！？』
A『リズムに合わせてコンボを決めて、王国中を盛り上げろ！』
B『詳しくはニャッカミライブで検索にゃ☆』
A『今ならレアカード・クロサキが当たる！』

　Aがあやめ、Bがチャランである。
「『そ、爽快メルヘンリズムゲーム・ニャッカミライブ……』」
「『おとぎの国の住人がぁっ、本から出てきてバンドカツドーであーる！』」
　本番中でいきなりアドリブを入れてくるチャラン。
「『リズムに合わせてコンボを決めて、王国中を盛り上げろ……』」
「『詳しくは！！！　ニャッカミ！　ライブで！　検索にゃ！』」
「『今ならレアカード・クロサキが当たる……』」

　あやめは最後のセリフを言い終わると自己嫌悪でうまく息ができなくなった。台本には『！』が多用されており、元気で楽しい雰囲気が求められている。類似のCMは何度か見たこともあった。
（……このCMの場合、一体『何になれば』いいのか）
　渡された台本にはセリフをどんなキャラクターが話すのかが書かれていない。身長、趣味、年齢、ひょっとしたら女かもしれない。何を正解とすればいいのかで悶々と悩んでしまう。
「はっはっは！　なぜしみったれた顔をしているのだ。
　あやめ。貴様のセリフ、光るものがあったぞ！」
「それはどうも……」
　席に戻るとサングラスがずり落ちそうなくらいに傲岸不遜に胸を張り、偉そうにチャランが励ましてきた。どうも、と形だけの返事をして背中を丸める。
　次の収録が始まるまで少し時間があった。
「ポランさんは……演技の経験はあるんですか」
「吾輩は文芸・美術を含めた全ての芸術を愛しているのである！　吾輩の作品は神の領域。芸術に愛され、演技も未経験ながら完璧なのである！」
　ようするに、演技経験はほぼ無いということか。
「ところで、この『検索』とは何なのである？」
「……知らないで読んでいたんですか」
「うむ！！　『検索』させたいは分かったのである！」
　ん？　と、あやめの瞳にわずかな光がともる。今のチャランの言葉はヒントになりそうだ。他の人の収録を聞きながら、あやめは何が気になったのかを静かに考えた――。

「それでは録音を聞き返しましょう」
　城柳先生は録音を聞いて個別にアドバイスを返し始めた。
「椿さんは後半が早口になりやすい癖があるわね。この目薬は疲れをとる、というのが売りだから、初めの『あなたの瞳、疲れていませんか？』は全体のセリフの中でもゆっくり話すようこころがけると更によくなるわ」
　はいなのです、と美咲紀がメモを取りながら返事をする。
「クローヴァさんは発音、とても綺麗だわ。丁寧な発音を心がけて少し冷たく聞こえているから抑揚をつけてみてね。目の前に可愛い子猫がいると思うと自然とやわらかい口調になるわ」
　毛玉のような可愛らしい子猫を想像すると、自然とクローヴァの頬が緩んだ。
「鴻上さんは信頼できそうな冷静な口調が素敵ね。来島さんの次に話すとき、間の取り方に迷いを感じたわ。間の長さはとてもいいから自信を持ってね」
　彰尋はわかりました、とひとつ頷く。

　すべての参加者へのアドバイスが終わった。
　本番の収録に備え再び練習を始める――。