城柳塾：CMナレーションをやってみよう！｜リアクション

城柳塾：CMナレーションをやってみよう！

「皆さん、始めまして。城柳千賀子（しろやぎ　ちかこ）と申します。本日はワークショップに遊びに来ていただいてありがとうございます」
　年齢不詳のおっとり美人・城柳千賀子が清らかな笑みを浮かべる。水仙を連想させる佇まい。見られることに慣れている人間特有のオーラが体からにじみ出ていた。
　これから始まるのは城柳主催の初心者向け演劇ワークショップである。参加者はホワイトボードを含むように円形に置かれたパイプ椅子に座っていた。ホワイトボード付近に立っている城柳先生に参加者のひとりである桃川圭花が遠慮のない視線を城柳先生に向けている。圭花の視線に気が付いた城柳先生が優しく目を和ませる。圭花は口角を上げて応えるが心の中は騒がしかった。
（すごい。本当に『小公女』のミンチン先生と同じ声。キャラと素の雰囲気が全然違う。調べなければわからなかったわね……）
　『小公女』とは現在放送中の海外ドラマのタイトルである。
　城柳先生は企業CMや洋画の吹き替えを多く担当しており、『小公女』も出演作のひとつであった。
（この先生から教われることをできるだけ詰め込もう！）
　女優志望である圭花。背筋が伸びた彼女の瞳には強い意志が浮かんでいた。
「本日はCMナレーションの練習を行います、が……ふふ、皆さん緊張していらっしゃいますね。最初に自己紹介から始めましょうか」
　城柳先生の視線が青山絢にぶつかる。絢は怯んだように、無意識に背中を少し後ろにずらした。
「うふふ。青山さんから時計回りに自己紹介、お願いできるかしら」
「はい」
　名指しされてパイプ椅子から腰を上げ参加者の面々を見回す。絢も所属している演劇部の人間が多い。
「青山絢です。寝子高2年生で、高校から演劇を始めました。よろしくお願いします」
　あっさりと自己紹介を終わらせて再び椅子に座る。
　絢は演劇部の活動のほかに劇団にも加入しており、腹式呼吸など基本の技術は習得済みである。が、2年目から壁のようなものにぶつかっていた。
（何かやってみなきゃ……）
　解決策を探している時に目に留まったのが今回のワークショップのチラシであった。
　自己紹介の次は発声練習である。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お！」
　城柳先生のリードに合わせて参加者が続く。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お！！！」
　一番声が大きいのはチャラン・ポランスキーだ。ほしびとであることを隠すため黒コートにサングラスで変装している。4月の中旬、しかも室内でその服装はひどく目立っていたが、主張が強すぎてだれも突っ込めずにいた。
「ポランスキーさん、元気がよくて素晴らしいです。『あ』で大きく口を開けるのは難しいのに、ポランスキーさんは完璧にできていますね」
「そ、そうであるか？　むふー、悪い気はしないのだ。皆の衆、吾輩の姿をその目に焼き付けるがいい！」
　嬉しさを隠せないチャラン。鼻がピノキオのようにニュニュニュと伸びた。
「ああ、それと。吾輩のことは殿下……いや、ポランと呼んでくれたまえ。何、遠慮することは無い。はっはっは」
「うふふ。それではポランさんとお呼びいたします。
　皆さん、『あ』の発生をする際はポランさんのように指が３本口に入るくらい縦に大きく開けてくださいね」
　城柳先生が薬指を下前歯、人差し指を上前歯にくっつくように大きく口を縦に開ける。参加者もそれにならった。10分も発声練習をすると教室の外に響くくらい声が大きくなっていた。

このページにイラストを設定する