あなたの挑む星幽塔｜リアクション

あなたの挑む星幽塔

　白い空間で吉田ベルンハルトが軽い驚きを見せた。正面には白いタキシードを着た人物がにこやかに立っていた。
「えー、過去創造館って、過去をクリエイトしちゃうの？　どんな感じ」
「創造された博士の弁では」
「ま、いーや。難しい話とか、わからないから。俺、クマだし」
　頭に被っていたパーカーのフードを後ろに押し遣る。赤い髪の合間から丸い耳が飛び出していた。
「お客様の仰る通り、当館の仕組みを熟知する必要はありません。純粋に楽しんでいただければ幸いです」
　その後、簡単な説明を受けたベルンハルトはのんびりとした声で一つの世界を選択した。
「畏まりました。いってらっしゃいませ」
「気ままに楽しんでくるよ」

　手を振っていた先が岩場となった。視線を下げると清冽な川が流れている。川下の方は湖のような広がりを見せていた。
「水に困ることはないね。先の方は湖なのかな」
　一歩を踏み出す。重さを感じたのか。後ろに目をやると大きなバックパックを背負っていた。
「野営ができそうだね」
　背中からバックパックを下ろして中に目をやる。折り畳みのテントや敷物、簡易バーナーやナイフの類いもきっちりと収まっていた。
「このサバイバル感がいいんだよねー。さあ、何から始めようかな」
　テントを目にして頷き、すぐさま靴を脱いだ。ズボンの裾を膝下まで捲り上げる。
　遠慮なく川に入った。中央に立ち、上体を屈める。その姿勢で清らかな流れを注意深く見た。
　瞬時に手が動いた。水と一緒に魚が宙を舞う。川岸に打ち上げられ、勢いよく撥ねた。
「だって俺、クマだし」
　同様の手段で魚を獲った。拾った枝に波打つ姿で突き刺す。簡易バーナーで火を起こし、周囲に輪になるように突き立てた。焼き加減を見ながら魚の向きを変える。
「これは焼けたね」
　一本を手に取った。摘まんだ塩を全体に振り掛ける。ふっくらとした腹部に齧り付いた。
「内臓の程々の苦味がいいねー」
　焼けた順に食べていく。十数本の木の枝が足元に転がる。自身の腹部に目をやり、試しに摩ってみる。
「全然、足りないね」
　目は岩場の先に向かう。木々に覆われていた。
「今度は森の幸かな」
　立ち上がったベルンハルトは水飛沫を上げて川を突っ切る。岩場を攀じ登って薄暗い森へと入った。
　長身を屈めて歩き回る。見つけた木の実を片っ端からパーカーのポケットに突っ込む。朽木に生えていた茸は匂いを嗅いだ。安全な物だけを引っこ抜く。
　前方から唸り声が聞こえてきた。見れば野生の熊であった。ベルンハルトは目を逸らさず、じりじりと距離を詰める。
　両者の間合いに入る直前、ベルンハルトは背筋を伸ばし、両腕を高々と上げて吠えた。突然の行動に驚いた熊は怯み、暗がりへと逃げていった。
　勝利の余韻を堪能するかのように目を閉じる。口元に笑みを浮かべて拳を握った。
「……クマ的に、かなり嬉しいかも」
　ベルンハルトは気を良くして入手した食材を持ち帰る。バックパックから鍋を取り出して川の水を掬った。食材の茸と木の実をぶち込み、調味料の味噌を入れて煮込む。完成した鍋を川で冷やし、鍋を器にして豪快に啜った。
「美味いな。久しぶりに野生に戻った気分だねー」
　少し腹が満たされた。腹を摩り、ふと考え込む。
　――寝子島はいろんな店があって便利なんだけど、慣れきっちゃうのも良くないのかもね。堕落っていうのかなぁ、クマ的に。
　ベルンハルトは細々とした物をバックパックに詰め込んだ。急いで背負うと川上に向かって走り出す。
　川幅が広がった。前方に大きな湖が見えてきた。リーフグリーンの目が輝く。その場にバックパックを置き去りにした。
「泳がないとダメでしょ、クマ的に！」
　湖に駆け込み、頭から飛び込んだ。闘士の光を使って力が尽きるまで泳ぎ続けた。

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