あなたの挑む星幽塔｜リアクション

あなたの挑む星幽塔

「真っ白……何もないわね」
「過去創造館に足をお運び頂き、誠にありがとうございました」
「あたしは書店に立ち寄ったつもりなんだけど」
　真境名アリサはパンツルックで決めていた。涼しげなニットのロングコートに両手を突っ込んだ姿で相手を見遣る。白いタキシードを着こなし、中性的な顔立ちで微笑みを浮かべていた。
「まあ、いいわ。本題に入って」
「では、当館について掻い摘んで説明いたします」
　流れるような説明を聞いた。アリサは腕を組む。
「星幽塔には一度だけ行ったことがあるわ。今の職場とあまり変わり映えしなかったわね」
「今回は四つの世界を用意しております」
「そうみたいね。暑いのは肌がべたついて嫌だし、寒いのもなんだかなー」
「わかりました」
　にこやかな一言で風景は一変した。

　アリサの目の前に草原が広がっていた。風にそよぐ姿は緑の波のようだった。見上げる空は薄青い。程良い陽光が身体を優しく包み込む。
「ここが平穏世界なのね」
　冒険者風の装備で颯爽と歩き出す。緑の波の中を決めた方向に進んだ。
「この装備、意外と軽いわね」
　皮鎧の一部を指で押すと凹みができた。ズボンには多少の厚みはあるが伸縮性に優れていた。革のブーツも見た目よりも遙かに歩き易い。弾むようにして草原を渡っていった。
　何時しか、その歩みが遅くなる。腕の振りは小さく、不機嫌な顔に変わっていた。
　――あたしは馬や牛じゃないんだから、ずっと草原が続いても嬉しくないんだけど。
　半ば自棄になって空気を吸った。
「あー、美味しい。お腹は膨れないけどね」
　じんわりと額に汗が滲む。歩きながら湿った部分に手の甲を当てた。
　すっと目が細くなる。左斜め前に木々が密集しているところがあった。
　――森と言えば、定番のアレがあるはず。
　アリサは木々に向かって走った。薄暗い中へと突っ込んで下草を蹴散らす。前方の光明のような輝きに飛び込んでいった。
　青色の湖が眼前に広がる。鏡のように湖面は穏やかで人影は見えない。半分程、浸された岩を目にした。人が座れるくらいの大きさであった。
　アリサは両方のブーツを脱いだ。岩に腰掛けて素足を湖に浸す。表情が和らいだ。左右の足を動かしてみる。
　小さな真珠のような泡を黙って見詰めていた。
　顔を上げて湖の周辺をぐるりと見渡す。動きはなく、ひっそりとした静けさに包まれていた。
　アリサは衣服を脱ぎ出した。全てを岩の上に纏めて置くと、全裸で湖の中心に歩を進める。膝が湖面に沈み、腰まで浸す。最後は自らの跳躍で頭から飛び込んだ。
　空に近い色の中、白い裸体が雲のように映える。黒くて長い髪が不審な輩に備えて全身をやんわりと隠した。
　泳ぎ疲れたのか。アリサは仰向けとなった。湖面に漂う白い雲になって、本物の空と向かい合う。柔らかい日差しが全身を包んだ。
「本当に、気持ちいいわ……あたし、疲れてた、のかな……」
　自然に瞼が落ちる。両腕を軽く開き、何かを受け入れるような姿勢となった。
　微かに表情が笑っていた。

　アリサは目を開けた。白い空間に仰向けの姿でいた。側には白いタキシードの人物が立っていて笑みを浮かべている。
　アリサは上体を起こした。少し乱れた髪を手で整える。
「あのね。こんな格好で放置って、どうなのよ。あたしが間抜けみたいじゃない」
「申し訳ありません。では、お手をよろしいでしょうか」
　タキシードの人物は片膝を突いた。右の掌を差し出して微笑みで促す。その上に手を重ねてアリサは立ち上がった。
「悪くないわ」
　少し表情を和らげて言った。

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